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リディアナは馬車の中で、緊張した面持ちで手を握りしめていた。
城から使いが来たのは、騎士団長の任命式の翌日。
"登城し、国王陛下に謁見するように"という内容に体が震えた。
"緊張"というよりも"警戒"のほうが適切かもしれない。
なにせ相手は、リディアナの母親への嫌がらせを看過し、あげくの果てに過酷な塔に閉じ込めた本人なのだから。
(なんにせよ、私が望むのはお母様の解放だけよ)
不意に馬車が停まる。
どうやら城へ着いたようだった。
できることなら逃げたしたい。
折れそうな心を叱咤して深呼吸をしていると、馬車の扉がノックされる。
「、はい」
詰まりそうな声で返事をすると、音もなく扉が開く。
「城へ到着致しました」
そういって手が差し出される。
どうやらエスコートをしてくれるらしい。
リディアナは差し出された手をとって外へでて、その人物に驚いた。
手をとっていたのは、クラウドだったのだから。
「ひどく強張った顔をしていましたよ」
「クラウドさん?あれ、お仕事は…?」
リディアナの問いにクラウドは苦笑しながら答える。
「傍にいますと、約束したでしょう?」
もちろんそう言ってくれたことを忘れたわけではなかったけれど、まさか馬車の出迎えをしてくれるとは思わなかったのだ。
(謁見中に同じ空間にいるよ、ってことかと…)
リディアナは触れる手の温かさに、瞳の優しさに、強張りが解れるのを感じた。
「…心、強いです」
「さあ、行きましょう」
ふわりと力の抜けたリディアナの表情にクラウドは満足そうに頷き、そのまま優しくエスコートする。
―――――――
広く豪華な謁見室でリディアナは深く頭を下げながら国王の訪れを待った。
その作法は数日前に教えてもらった付け焼刃だ。
慣れない動作に早く終わってほしいと願っていると、国王の来訪を伝えられる。
「顔を上げよ」
数段高いところに位置する王座に座っていたのは"いかにも"という感じのでっぷりと太った男だった。
「おお!」
王はリディアナの顔をみた瞬間に歓声をあげる。
「まさしく、王家の瞳。疑うまでもなく、王家の血を引くわしの娘だ!さぁ、近くへ来て顔をよく見せておくれ」
「…失礼致します」
両手を広げながらリディアナを招く。
リディアナは言葉に従い近づき、階段の真ん中で足を止めて礼をした。
都度母がちらつき、国王への嫌悪に奥歯をぐっと噛みしめて耐える。
「離れている間に美しく育ったな。名はなんだったか…」
「ヒルデリア様でございますよ、陛下」
国王の側についていたひょろりとした蛇のような男が耳打ちをするように答える。
リディアナはヒルデリアと呼ばれることに違和感は感じるものの、訂正をしなかった。
ヒルデリアと名付けられたことに間違いはないし、なによりもこの男に"リディアナ"と呼ばれたくなかったからだ。
("リディアナ"はお母様がくれた名前だもの)
その点、ヒルデリアならばなんの思い入れもない。
「おお、そうだ。ヒルデリアだ。さぁ、父にヒルデのことを教えておくれ」
無遠慮に手を取られ、愛でるように撫でられる。
(ひっ!!??)
リディアナは心の中で悲鳴をあげる。
正直、今まで会ったことも(記憶に)なく、さらにはもともと嫌悪を抱いている相手にいきなり親しく接せられるのは不快というより恐怖に似ていた。
不敬にならないようにと、それだけを考えて笑みを張り付ける。
「…恐れながら、国王陛下。発言をお許しください」
「騎士団長オルゼンベルグか。よかろう、発言を許す」
先程リディアナに話しかけていた時よりも傲慢な声音で国王はクラウドを促した。
「失礼致します」
クラウドは大股でリディアナの近くに寄ると顔を窺うようにみる。
そのはずみに国王陛下の手が離れ、今がチャンスとリディアナはつかまれていた手を胸元に引き寄せた。
クラウドは難しい顔で、やはり、と呟く。
「王女殿下は緊張のせいか体調が優れないご様子。本日のところは、これにて御前を失礼させていただきたく存じます」
「ふむ………」
国王は思案するような顔をする。
「随分と、親しいようだな」
リディアナは国王の視線が注がれている場所を見る。
リディアナは無意識のうちにクラウドの騎士服の裾を握りしめていた。
「ご、ごめんなさ――」
「王女殿下。この命、騎士の誓いを行った日より貴女様のものです。騎士服どころかこの身すべて、殿下のお心のままに」
クラウドがそっと膝をついたことで、視線が合う。
言葉遣いはいつもと違うが、その瞳の優しさは変わらない。
リディアナは安心して頷いた。
「なるほど」
静かに響くその声にリディアナは再び肩を震わせた。
「なるほど、良いだろう。オルゼンベルグ、おまえはこのままヒルデリアの護衛を務めるように」
「…謹んでお受けいたします」
口元に薄い笑みを浮かべた国王陛下は膝をついたまま、頭を垂れるクラウドを一瞥する。
リディアナはその冷たい視線に恐怖を覚えた。
「宰相、ヒルデリアを自室に送り届けるよう手配するのだ」
(自室?)
リディアナの疑問を感じとり、宰相と呼ばれた先程の蛇男が口を開いた。
「宰相のアマデウスと申します。ヒルデリア王女殿下、今後は城にお住まいを移していただきます。城内で生活をしている異母兄弟も居られますから、追々ご挨拶いたしましょう」
リディアナはその言葉に愕然とする。
よく考えれば当然のことだろう。だがリディアナは公爵家へ戻れるものだと思い込んでいたのだ。
「詳しくは後程、宰相から聞くと良い」
国王陛下がそう締め括り、席を立つ。
リディアナは呆然としながらも国王が退室するまで深々と礼をした。




