第四話 初めての夜
食事が始まった。
一緒に食べるとは言ったものの、シルバはワインを注いだり、肉を切り分けてくれたりと、至れり尽くせりの世話をしてくれる。
それでいて、自分の食事もおろそかにしていない。オレの世話をしながら、ちょっとした合間を上手に使って、しっかり食べ進めていた。
なるほど。こういうところも、貴族としての教育の賜物なのかもしれない。
ワインをグラスに注ぎ、二人で乾杯する。
「うまいな。銀貨五枚で買ったワインだ。十分に高級と言える」
「ええ。料理にもよく合いますわね」
シルバは微笑み、グラスに口をつけた。
食事が進み、ワインも少し減ったところで、オレは気になっていたことを尋ねてみた。
「なあ、シルバ。どうして君のような人が奴隷に?」
シルバの手が、ほんの一瞬止まった。
「……」
「言いづらければ、無理に話さなくてもいい」
「いえ、言いづらいわけではありません。ただ、どこからお話しすればよいかと考えておりました」
「そうか。話せるところから少しずつ聞かせてくれ。これから毎日一緒だからな」
「……そうですわね」
シルバは少しだけ表情を和らげた。
「それでは、初めからお話しいたしますわ」
彼女の話は、奴隷になる前のことから始まった。
エアレンヴァルト伯爵家の令嬢だった頃。
優しかった両親。剣術を教えてくれた兄。魔法を教えてくれた姉。そして、シルバの作るお菓子が大好きだった妹。
懐かしそうに家族の思い出を語るシルバの表情は、いつもの優雅な微笑みとは少し違っていた。
その夜は、彼女の幸せだった頃の話を聞いて終わった。
*
食事を終え、そろそろ寝る時間だ。
我が家は一階が店舗兼工房、二階が住居になっている。
ただ、一人暮らしだったこともあり、寝室とキッチン以外は倉庫のような状態だ。
改めて考えてみると、シルバの寝る場所がない。
「困ったな。シルバの寝るところがない」
「わたくしは床で十分ですわ」
「いやいや、そんなところで寝かせられないだろう。オレのベッドでよければ使ってくれ」
「……よろしいのですか?」
「ああ。オレは適当に寝るから、気にしなくていい」
すると、シルバは頬を赤らめた。
「承知しました。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「ん?」
シルバはそう言うと、ためらうことなく服に手をかけた。
「ちょ、ちょっと! ど、どうしたんだ?」
「夜伽をご所望なのではありませんか?」
「ち、違う!」
今度はオレの顔が赤くなる。
シルバは不思議そうに首をかしげた。
「……ご主人様、初めてですか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「ご安心くださいませ。わたくしにすべてお任せください」
優雅に微笑むシルバ。
いや、ちょっと待て。何をどう安心しろというんだ。
「奴隷として、大切な務めですから」
シルバはそう言って、わずかに視線を伏せた。
「魅力がなければ、捨てていただいて構いません」
その声には、いつもの皮肉めいた響きがなかった。
懸命に自分の役目を果たそうとしている。そんな彼女の姿を見て、オレはようやく気づいた。
これは、単なる冗談でも、軽い誘いでもないのだ。
「シルバ。オレは命令しているわけじゃないぞ」
「……分かっております」
彼女は顔を上げ、まっすぐにオレを見つめた。
「ですが、わたくしはご主人様に喜んでいただきたいのです」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなった。
「それに……」
シルバは一度言葉を切り、ほんの少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
「ご主人様は、思っていたよりもお優しい方ですわ。今日、一緒に食事をして……もっとお話ししてみたいと思いました」
「シルバ……」
「ですから、今夜はわたくし自身の気持ちも、少しだけ信じていただけませんか?」
思わず言葉に詰まった。
正直に言えば、シルバを抱けるのなら……と、期待していなかったわけではない。
だが、こうも真剣な表情で見つめられると、こちらまで緊張してしまう。
彼女は美しい。それは初めて会ったときから分かっていた。
けれど今は、その美しさだけではない。自分の気持ちを伝えようとする彼女の姿に、どうしようもなく惹かれていた。
「……魅力しかない」
口にしてから、我ながら何を言っているんだと思った。
それでも、言葉は続いた。
「よろしく頼む」
なぜか、こちらがお願いする形になってしまった。
シルバは一瞬目を丸くし、それから、今まで見たことのないほど柔らかな笑顔を浮かべた。
「はい、ご主人様」
その夜、二人は初めて同じ時間を、同じベッドで過ごした。
そして、二人の関係は、ほんの少しだけ変わり始めた。




