第十二話 初めての石鹸作り
南の鉱山から帰還したノーブとシルバ。
洞窟内を歩き回り、ゾンビまで倒してきた二人の身体は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
特にシルバは、今すぐにでも身体を洗いたい様子だ。
「シルバ、先にシャワーを浴びるか?」
「ご主人様より先にシャワーを浴びる奴隷などいませんわ」
きっぱりと断られてしまった。
「そ、そうか。オレは今から石鹸作りに挑戦するつもりなんだ。少し時間がかかると思うが、それでもいいか?」
「石鹸?」
その言葉を聞いた途端、シルバの目が輝いた。
「待ちます、待ちますとも!」
あまりの食いつきに、ノーブは少し面食らった。
「お、おう……。それじゃあ、準備も手伝ってくれるか?」
「もちろんですわ!」
こうして二人は、工房で錬金術の準備を始めた。
ノーブは石鹸を作ったことこそないが、完成品に触れたことくらいはある。
そして今、錬金術スキルが製法と必要な材料を教えてくれていた。
作り方は分かった。だが、それだけで上手くいくとは限らない。
材料の配合や火加減、煮込む時間、そして魔力の込め方。細かな調整は、術師自身の腕にかかっている。
もっとも、ノーブは一流の鍛冶師だ。素材を扱い、火加減を調整することには慣れている。
初めての挑戦ではあるが、何とかなるだろう。
「まずはスライムスラリーと油脂……。今回はメイルバッファローの脂でいいな」
必要な材料を並べていく。
そして、もう一つ。
「触媒が必要か……」
ノーブはふと、工房の火床に目を向けた。
「そういえば、煤が使えると聞いたことがあったな」
以前、この工房の煤を買い取りに来た錬金術師がいたことを思い出す。
あのときは、なぜわざわざ煤などを買うのか不思議に思ったものだ。
だが、鍛冶の際に放出された魔力の残滓が、長年使い続けた火床の煤に蓄積する。錬金術では、それが魔力を安定させるための素材になるらしい。
ノーブの工房は長年使い続けてきたものであり、彼自身も一流の鍛冶師だ。火床に蓄積した煤の品質には自信がある。
ノーブは煙突に付着した煤を少量削り取り、材料に加えた。
「よし、これで準備はできたな」
材料を混ぜ合わせ、火にかける。
あとは魔力を込めながら、三十分ほど煮込めばいい。
ノーブは火加減と材料の状態を確かめながら、慎重に魔力を注ぎ続けた。
隣ではシルバが、今か今かと完成を待ちわびている。
*
「よし、こんなものか」
三十分ほど煮込んだところで、ノーブは鍋を火から下ろした。
「後は冷やして固まれば完成……のはずだ」
「まだですの?」
シルバは待ちきれない様子で鍋を覗き込んでいる。
「自然に冷やせばいいんだが……。シルバ、氷魔法で細かな氷を出せるか?」
「出せますが……どうなさるおつもりですか?」
「石鹸を氷で冷やすんだよ」
「攻撃魔法をそのようなことに使う方、初めて見ましたわ」
「そうか? そんなもんか」
ノーブは気にする様子もなく、シルバが生み出した氷を使って石鹸を冷やし始めた。
すると、石鹸はみるみるうちに固まっていった。
見た目は、どうやら成功らしい。
「よし。最後は性能確認だな」
「お待ちしておりましたわ!」
シルバは嬉しそうに声を弾ませた。
二人はさっそくシャワー室へ向かった。
シルバはよほど嬉しいのか、今日はタオルすら巻いていない。
「……シルバ、目のやり場に困るんだが」
「あら。ご主人様は、今さら何をおっしゃいますの?」
涼しい顔で返され、ノーブは何とも言えない表情になった。
「それより、ご主人様。お背中を流して差し上げますわ」
シルバは石鹸を手に取ると、さっそくノーブの頭を洗い始めた。
髪を丁寧に洗い、背中、腕、脇、そして全身へ。
それはもう、妙に念入りだった。
「……ずいぶん丁寧だな」
「当然ですわ。せっかく作った石鹸ですもの。効果を確かめなくては」
シルバはにこやかに答えながら、せっせと手を動かす。
――ふう。これで少しは、ご主人様の汗臭さもなくなるかしら。
そんな本音は、もちろん口には出さない。
やがてノーブの身体を洗い終えると、シルバは満足げにうなずいた。
「はい、終わりましたわ」
「おう、ありがとな。じゃあ、先に上がるぞ」
ノーブがシャワー室を出ていく。
その背中を見送ったシルバは、手元の石鹸を見つめた。
「さて……次は、わたくしも使ってよろしいですわよね」
誰にともなくつぶやき、ふふっと笑う。
「ご主人様のお使いになった残り物、ということですけれど」
言葉とは裏腹に、その表情は実に嬉しそうだった。
シルバはさっそく石鹸を泡立て、自分の髪から身体まで、丁寧に洗い始めた。
――ゾンビの体液が、まだどこかに残っているかもしれませんものね……。
そう考えると、どうにも落ち着かない。
ゴシゴシ、ゴシゴシ。
髪も、腕も、背中も。いつも以上に念入りに洗い、ようやく満足したシルバは、さっぱりした気分でシャワー室を後にした。
*
居間へ戻ると、食欲をそそる匂いが漂っていた。
ノーブが夕食を用意してくれていたのだ。
食卓には、メイルバッファローの干し肉を煮込んだスープと、魚の干物、それに干し肉を焼いたものが並んでいる。
豪華とは言えない。けれど、しっかりと味付けされた料理は、探索で疲れた身体には十分だった。
「シルバほど凝ったものは作れないがな」
ノーブは少し照れくさそうに言った。
「いいえ。ご主人様、ありがとうございます」
シルバは微笑んで答えた。
自分がシャワーを浴びている間に、夕食まで用意してくれていた。その気遣いが嬉しかった。
二人は向かい合って食卓につき、温かな食事を楽しんだ。
こうして、南の鉱山から帰った長い一日は終わっていく。
いつも通り、夜は更けていった。




