第十三話 朝の変化
翌朝。
ノーブは、いつもよりさっぱりとした気分で目を覚ました。
昨夜はダンジョンでの疲れもあって、ぐっすり眠れた気がする。身体もどこか軽い。
居間へ向かうと、シルバはいつものように朝食の準備をしていた。
「おはよう、シルバ」
「おはようございます、ご主人様。もうすぐ朝食ができますわ」
振り返ったシルバは、心なしか機嫌が良さそうに見えた。
……昨日作った石鹸が、そんなに嬉しかったのだろうか?
そんなことを考えながら、ノーブは席についた。
二人で朝食を済ませ、今日の予定を確認する。
今日も昨日と同じく、午前中は店を開け、昼からは南の鉱山へ向かう予定だ。
午前の営業が始まると、見慣れた冒険者たちが次々と店を訪れる。
最近では、彼らの顔を見るのもすっかり日常になっていた。
その中に、いつも仲間についてきているだけという様子の女性冒険者がいた。普段は店の商品にもそれほど興味を示さない彼女が、珍しくシルバに声をかけてきた。
「シルバさん、何かお化粧とか変えました?」
「え? いいえ、特には……。昨日、石鹸で身体を洗いましたけれど」
シルバは少し考えてから答えた。
確かに、石鹸を使えば身体の汚れは落ちる。けれど、もともと見た目が変わるほど汚れていたわけではない。
化粧を変えたように見えるほどの違いがあるとは、シルバ自身も思っていなかった。
「そうなんですか。石鹸って高いから、なかなか買えないんですよね。それに、ダンジョンに入ると男たちは汗臭いし……」
女性冒険者は、うんざりした様子で肩をすくめた。
そして、ふと思い出したようにシルバを見る。
「シルバさんも、ノーブさんの汗の臭いとか気にならないんですか?」
「えっ? いえいえ、そんなことも……あるような、ないような……」
シルバは笑顔を保ったまま、言葉を濁した。
まさか、本人の目の前で臭いが気になるなどと言えるはずもない。
「ふうん……?」
女性冒険者は少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。
そのとき、別の冒険者が会話に割って入った。
「シルバさん、そろそろ大盾を買おうと思ってるんですが、予算はどのくらいあればいいです?」
声をかけてきたのは、いつも仲間たちの前に立つタンク役の男だった。
「大盾ですか。そうですね、素材や大きさによっても変わりますが……」
シルバはすぐに接客の顔へと切り替え、商品の説明を始めた。
女性冒険者との話は、ひとまずそこで途切れた。
シルバは内心ほっとしながら、大盾の在庫を確認するために店の奥へと向かった。
午前中の営業を終える頃には、修理や調整の相談も数件受け付けていた。
新しく始めたサービスは、まだ二日目。それでも、冒険者たちの反応は上々のようだった。
これまでなら武器や防具を買い替えるしかなかった者も、修理や調整で使い続けられると知れば、気軽に相談してくれる。
ノーブにとっても、製作の合間に対応できる仕事が増えるのはありがたいことだった。
昼食を済ませた二人は、再び南の鉱山へと向かった。
第五階層。
「五階層のモンスターは、四階層とそれほど大差ありませんわ。その代わり、分岐や罠が増えてきます」
「なるほど。分岐はともかく、罠は厄介だな」
「そこは、わたくしの探知魔法にお任せくださいませ」
「おっ、そんなこともできるのか?」
「元貴族ですので。ダンジョン攻略も、貴族の務めの一つですわ」
「そうなのか。知らなかった。貴族も大変なんだな」
「……ご主人様は、もう少し貴族について勉強なさったほうがよろしいのでは?」
シルバの呆れたような声を聞きながら、ノーブは苦笑した。
そう言われても、貴族と関わる機会などほとんどなかったのだ。
シルバの探知魔法のおかげで、罠を警戒しながらも探索は順調に進んだ。
分岐路を確認し、現れるモンスターに対処しながら、二人は第五階層を踏破した。
続く第六階層。
「ここからはゴーレムも出現しますわ。ただし、七階層までは稀ですけれど」
「ゴーレムか。それで、八階層が本命というわけだな」
「ええ。六階層と七階層は、今までの復習といったところですわ」
「復習、ね……」
ノーブは小さく呟き、周囲を見渡した。
前衛と後衛の役割分担。
それぞれのモンスターへの対処と弱点。
分岐路の確認に、罠への警戒。
ここまでの探索で身につけてきたことを、改めて確かめるための階層というわけだ。
ただ敵を倒して先へ進むだけではない。安全に探索を続けるために、身につけた技術を確実なものにしていく。
そう考えれば、確かに復習という言葉がしっくりくる。
二人は一つひとつ確認しながら、第六階層、そして第七階層を進んだ。
ときおり現れるモンスターを退け、危険な場所を慎重に見極める。
大きな問題もなく探索を続け、ついに第八階層へと続く階段にたどり着いた。
「よし、今日はここまでにするか」
「そうですわね。ここから先は、また明日にいたしましょう」
二人は無理をせず、ノーブの移動魔法で店へと帰還した。




