第九話 初めての馬車
翌朝。
先日と同じように、目を覚ますとシルバの姿はベッドになかった。
キッチンへ向かうと、ベビードール姿のまま朝食を作っているシルバがいた。
「……良いな」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。
「何がですの?」
「いや、何でもない」
シルバは不思議そうに首を傾げたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
食卓には、昨日までよりも一段と華やかな朝食が並んでいる。ありがたくいただきながら、今日の予定を考えた。
そろそろダンジョンへ行かなければならない。
武器や防具に使う素材の在庫が、もうすぐ底をつくのだ。
「シルバ、今日は午前中だけ店を開けて、午後からダンジョンに行こうと思う」
「かしこまりました。それで、どちらのダンジョンへ?」
「今のオレたちの戦力で、一番効率よく素材を集められる場所と階層は分かるか?」
「そうですわね……ご主人様の鍛冶技術を考えますと、南の鉱山か百獣の塔でしょうか。どちらも八階あたりがよろしいかと」
「南の鉱山と百獣の塔か」
「南の鉱山ではアイアンインゴットが手に入りますし、希少なドロップ品としてミスリルインゴットが出ることもあります。百獣の塔なら、革や牙、為などから得られる装備品が狙い目ですわね」
なるほど。どちらも鍛冶屋にとっては魅力的な素材ばかりだ。
「いいな。どちらも行ったことがないから、移動魔法は使えないが……行く価値はありそうだ」
「どちらになさいますか?」
「近いのは?」
「南の鉱山ですわ」
「なら、決まりだな」
朝食を終え、店の準備を始める。
「それじゃあ、午前中は昨日決めた通り頼むな」
「かしこまりました。お任せください」
頼りになる店員だ。
「オレは工房にいる。修理や調整の依頼があったら呼んでくれ」
「承知いたしました」
こうして、いつもより少し短い営業時間が始まった。
開店して間もなく、昨日も買い物に来ていた冒険者たちが三組ほど訪れた。
彼らは店内の武器を手に取っては、あれこれと見比べている。どうやら、買いたいものはあるものの、決め手に欠けているらしい。
そんな客たちの一人に、シルバが笑顔で近づいた。
「何かお困りでしょうか?」
「実は、どうもしっくりこなくて……。僕は手が小さいので、なかなか合う武器がないんですよ」
そう言って、彼は自分の手を見せた。
よく見ると、ドワーフの戦士らしい。体格はがっしりしているが、人間と比べると背は低く、手も小さい。
「それでしたら、グリップの調整を承っておりますわ」
「本当ですか? ドワーフ向けの装備は、国に戻らないと手に入らないと思っていたので助かります!」
そう、ここは王都だ。
人間だけでなく、ドワーフのような小柄な種族もいれば、大柄な竜人もいる。エルフのように人間と近い体格の種族も暮らしている。
さまざまな種族が集まる場所なのだから、装備の悩みも人それぞれだろう。
――思ったより、需要は多そうですね。
シルバは内心でそう考えながら、客に微笑みかけた。
「それでは、主人を呼んで参りますので、少々お待ちくださいませ」
シルバは工房へ向かい、客の要望をノーブに伝えた。
「グリップの調整か。もう武器は決まっているのか?」
「ああ。この大槌がいい。グリップさえ合えばな」
大槌か。
ドワーフに売れるだろうと思って作ったものの、これまで一本も売れなかった長期在庫だ。
その理由が、ようやく分かった気がした。
「分かった。すぐに調整する。カウンターで待っていてくれ」
「よろしく頼むよ」
シルバとドワーフの客がカウンターへ戻ると、彼女はほどなくして紅茶を差し出した。
「よろしければ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
紅茶を口にした客の表情が、少し和らぐ。
シルバは世間話を交えながら、武器の使い方や普段の装備について尋ねていった。使いにくい点や、これまで店で困ったことなども、自然な会話の中で聞き出していく。
客の要望を知ることは、今後の商品づくりにも役立つはずだ。
十五分ほど経った頃、ノーブが工房から戻ってきた。
「お待たせしました。調整は終わりましたよ」
「おお、もうできたのか!」
ノーブが大槌を差し出す。ドワーフの客は受け取ると、何度か握り直し、軽く振ってみた。
「おお、これはいい! 手に吸い付くようだ。これなら安心して振れそうだ」
満足そうな顔を見て、ノーブも頷いた。
「それはよかった。では、お代は金貨十枚です」
「分かった。これで頼む」
客は代金を支払い、大槌を手に店を出ていった。
金貨十枚。
調整の手間賃だけでなく、長いこと売れずにいた大槌も売れた。まさに一石二鳥だ。
「よし……!」
思わず小さく拳を握る。
午前中の売上は、この一件だけだった。
だが、問題はない。
売上の金額以上に、今後につながる手応えがあった。
昼になり、店を閉めてから二人で食事を済ませた。
午後はいよいよ、南の鉱山へ向かう。
鉱山までは馬車で移動することにした。ちょうど定期便が出ていたため、移動費も安く済んだ。
馬車に揺られながら、ノーブはシルバと午前中の客について話した。
「さっきのドワーフみたいに、武器が合わなくて困っている客は、ほかにもいそうだな」
「ええ。ほかのお客様からも、いろいろとお話を伺えましたわ。今後の品揃えや調整サービスに活かせそうです」
「そいつは助かる。オレは武器を作ることばかり考えていたからな」
「餅は餅屋、と申しますでしょう?」
「それ、どこで覚えたんだよ……」
「元貴族ですので」
「はいはい」
そんなやり取りをしているうちに、馬車は南の鉱山へ到着した。
目の前には、岩肌に大きな口を開けた鉱山の入り口がある。
さて、今日はどれくらい素材が手に入るだろうか。
ノーブは装備を確かめ、シルバへと視線を向けた。
「それじゃあ、行くか」
「はい、ご主人様」
「八階まで歩いて進むか、それとも入り口にいる冒険者にキャリーしてもらうか……」
鉱山の入り口付近には、道案内をする冒険者たちの姿もあった。
キャリーを頼めば、目的の階層まで案内してもらえるらしい。
だが、初めて訪れるダンジョンだ。内部の様子も、魔物の強さも、まだ分からない。
それに、キャリーの料金も意外と高かった。
「……まずは一階から進めてみるか。初めて来た場所だしな」
ノーブはそう決めると、シルバとともに鉱山の奥へと足を踏み入れた。




