ep2 システム
意識が戻った時、最初に感じたのは、口の中に広がる血の味だった。
ゆっくりと目を開ける。
視界に入ったのは、見覚えのない森だった。
頭上では木々が枝を広げ、その隙間から差し込む光が地面をまだらに照らしている。背中には湿った土の感触があり、少し体を動かしただけで全身に鈍い痛みが走った。
「……生きてるのか」
崖から落ちた。
途中で何度も枝にぶつかり、最後には何も分からなくなった。
死んだと思っていたが、どうやら運だけは残っていたらしい。
俺はゆっくりと上半身を起こした。
「痛ってぇ……」
腕も脚も動く。
折れてはいないらしい。
だが、まともに歩ける状態ではなかった。
その時、目の前に青白い文字が浮かんだ。
――《システムを起動します》
「……システム?」
崖から落ちる直前にも見た文字だった。
意味は分かる。
だが、なぜこんなものが俺の前に現れているのかは分からない。
しばらく待っても、文字は消えなかった。
そこで俺は、前世で遊んだゲームを思い出す。
試しに、頭の中で一つの言葉を念じた。
――ステータス。
青白い文字が切り替わった。
――――――――――
【ステータス】
名前:御影 恒一
種族:ゴブリン
レベル:1
体力:4/100
スタミナ:9/100
魔力:100/100
物理ダメージ:8
魔法ダメージ:5
物理防御:5
魔法防御:3
ステータスポイント:0
スキルポイント:0
【スキルツリー】
■弱者種
《保管庫》Lv.1
■ゴブリン
《悪食》Lv.1
――――――――――
「……御影恒一」
思わず、自分の名前を口にした。
間違いなく、前世の俺の名前だった。
俺は少しの間、その文字を見つめていた。
やがて視線を下へ移す。
体力は4。
スタミナは9。
「……そりゃ、こんなに痛いわけだ」
崖から落ちた傷が、そのまま数字になっているらしい。
物理ダメージは8。
魔法ダメージは5。
物理防御が5で、魔法防御は3。
俺がどれだけ弱いのかを数字で見せられているような気がした。
「弱者種……」
スキルへ目を向ける。
そこに表示されていたのは、俺自身を馬鹿にするような名前だった。
弱者種。
そして、ゴブリン。
どうやら俺には、二つの系統のスキルがあるらしい。
《保管庫》は、よくあるインベントリのようなものだった。
もう一つの《悪食》へ意識を向ける。
――――――――――
《悪食》Lv.1
あらゆるものを食べることができる。
――――――――――
「……なんでも食えるのか」
森で生きるなら、悪くない。
何が食べられるのかも、何が毒なのかも分からない俺にとっては、むしろありがたい能力だった。
俺は《悪食》の表示を閉じ、ステータス画面を見直した。
そこで、もう一つの項目に気づく。
【進化】
意識を向けると、画面が切り替わった。
――――――――――
【進化】
進化条件
レベル10到達
――――――――――
「……レベル10」
今の俺はレベル1。
あと9つ。
そこまで上げれば、進化できるらしい。
何に変わるのかは分からない。
それでも、ゴブリンのままよりは強くなれるのだろう。
俺は進化の画面を閉じた。
今の俺に必要なのは、進化先を考えることではない。
まず、この体をどうにかすることだ。
周囲を見回すと、少し離れた場所に木の実が落ちていた。
赤いもの。
黒ずんだもの。
すでに腐りかけているもの。
前世の俺なら、絶対に口に入れなかった。
だが。
「……食えるなら食うか」
俺は痛む体を引きずるようにして、木の実へ近づいた。
一つ拾い上げる。
腐りかけたそれを見つめ、少しだけ迷った。
そして、口へ放り込んだ。
「……っ、まず」
思わず顔をしかめる。
だが、吐き出すことはなかった。
腹の中へ収まる。
もう一つ拾う。
さらにもう一つ。
生きるためなら、味なんてどうでもいい。
俺は落ちていた木の実をいくつか食べ、その場で息を吐いた。
少なくとも、この森で飢えるまでの時間は少し稼げそうだった。
俺は残っていた木の実を《保管庫》へ入れ、周囲を見回した。
次に必要なのは、安全な場所だった。
身を隠し、体を休ませる。
動けるようになってから、レベルを上げればいい。
そう考えて歩き出した時だった。
少し離れた場所から、何かが地面を這うような音が聞こえた。
俺は反射的に身を低くする。
茂みの隙間から、そっと音のした方を覗いた。
そこには、腐りかけた木の実が大量に落ちていた。
そしてその周囲には、小さなスライムや虫のような魔物。
何匹もの小さな生き物が、木の実に群がっていた。
「……なるほど」
俺はしばらく、その光景を眺めていた。
弱そうだ。
あいつらは、一か所に集まっている。
俺の視線は、自然と近くに転がっていた大きな岩へ向いた。
「……これなら」
まだ体はまともに動かない。
だが、戦う方法なら殴り合うだけじゃない。
俺は、もう一度あの小さな魔物たちへ視線を戻した。
レベル10まで、あと9。
その数字が、頭の中に浮かんだ。




