ep3 弱者なりのレベリング
俺は近くに転がっていた大きな岩を見ながら、頭の中で考えた。
あの魔物たちは、腐った木の実に集まっている。なら、その習性を利用できるかもしれない。ただし、今の俺には何かを始めるだけの余裕がなかった。崖から落ちた傷はまだ残っているし、まともに動き回ればすぐに体が動かなくなるだろう。
まず必要なのは、安全に休める場所だった。
俺は小さな魔物たちから離れ、周囲を探した。遠くまで行くつもりはない。今の状態で知らない場所へ進む方が危険だ。木々の間をゆっくり移動していると、大きく張り出した木の根に、背の高い草と茂みで隠れた窪みを見つけた。
中へ入って外から確認してみると、少し離れただけで俺の姿はほとんど見えなくなる。
「……悪くないな」
俺はそこを寝床にすることにした。
周囲に落ちていた枝をどかし、地面に生えている硬い草を手で押し倒して、横になれる程度の場所を作る。それだけでも疲労感が押し寄せてくる。今は無理をしない方がいい。
腹が減れば、近くに落ちている木の実を拾った。
腐りかけて、強い臭いを放っているものもあった。
《悪食》がある以上、食べられるかどうかを考える必要はない。俺は見つけた木の実をなるべく拾い、食べる分以外は《保管庫》へ入れていった。
そうして数日間、寝床の周辺で過ごした。
危険な気配がすれば茂みの奥へ隠れ、何もなければ少しだけ周囲を歩く。木の実を集め、腹が減れば食べて、疲れれば休む。
崖から落ちた直後よりは、少しずつ体が動くようになっていった。
そして、ようやく岩のところへ戻る。
あの岩は、一人で持ち上げられる大きさではない。だが、穴を掘って岩を落とすだけなら、俺の力でもできるかもしれなかった。
俺は落ちていた木の棒を拾う。
「……やってみるか」
木の棒を土へ突き刺す。
何度も押し込み、土を崩し、手で掻き出す。
最初は浅かった穴も、作業を続けるうちに少しずつ深くなっていった。
だが、思ったほど簡単ではない。
木の根が出れば避けなければならず、硬い石があれば手で取り除く。少し掘っただけで腕は疲れ、手のひらには擦り傷が増えていった。
その日の作業は、穴を作るというより、地面を少し窪ませただけで終わった。
「……先は長いな」
俺は寝床へ戻った。
翌日、また続きを掘る。
さらに翌日も。
木の実を集めながら、体を休ませながら、少しずつ穴を深くしていく。
急ぐ必要はない。
今の俺には、時間をかけるしかなかった。
数日後、ようやく穴は小さな魔物なら簡単に出られないほどの深さになった。
俺は穴の底を確認し、岩との位置を見る。
岩が落ちれば、ちょうど穴を塞ぐような場所だった。
「……これならいける」
次は、魔物を集める。
俺は《保管庫》から、これまで拾っていた腐った木の実を取り出した。
食べるにはあまりにも酷い状態になったものを、まとめて穴の中へ放り込む。
それから少し離れた茂みへ隠れ、様子を見ることにした。
しばらくすると、一匹の虫型の魔物が近づいてきた。
腐った木の実の臭いを嗅ぎつけたのか、穴の縁までやって来る。
そして、そのまま中へ入った。
俺は動かなかった。
すぐに岩を落とすつもりはない。
翌日、穴を確認すると、虫型の魔物が数匹に増えていた。
俺は新しく拾った腐った木の実を追加する。
また寝床へ戻る。
次の日も同じことをした。
腐った木の実を穴へ入れる。
魔物が集まるのを待つ。
その間も、俺は周囲で見つけた木の実をできるだけ拾った。食べられるものは自分のために残し、腐ったものは穴へ入れる。
それを繰り返した。
一日。
二日。
三日。
さらに日が過ぎていく。
穴の中には、小さなスライムや虫型の魔物が次々と集まっていた。
俺はすぐに岩を落とさなかった。
もっと集まるかもしれない。
そう考え、木の実を入れ続けた。
気づけば、一週間ほど経っていた。
「……そろそろいいか」
俺は穴の縁へ近づき、中を覗き込んだ。
だが、そこで妙なことに気づいた。
あれだけいた小さな魔物が、ほとんど見当たらない。
穴の中に残っているのは、ぬるりとした何かだけだった。
半透明の肉の塊。
その下からは虫のような脚が何本も伸びている。
体の中には、何か別のものが混ざっているように見えた。
「……なんだ、あれ」
俺はしばらく、その異様な生き物を見下ろした。
逃げ場のない穴。
限られた餌。
そして、一週間。
何が起きたのかは、だいたい想像できた。
「あいつら……食い合ったのか?」
小さな魔物たちが、あの穴の中で生き残るために互いを食った。
そして最後に残ったのが、あれ。
何なのかは分からない。
だが。
「……まあ、まとめて潰すつもりだったしな」
俺は穴から離れ、岩のところへ向かった。
ここまで準備した。
今さらやめる理由はない。
木の棒を岩の下へ差し込み、何度か地面を削る。岩が穴の方向へ動くよう、少しずつ支えを崩していく。
一度押してみる。
動かない。
もう一度、角度を変える。
木の棒がしなる。
「……っ!」
全身の力を込める。
岩が、わずかに動いた。
俺はすぐに木の棒を抜き、もう一度差し込んだ。
今度は、岩がゆっくりと傾く。
土が崩れた。
次の瞬間、大きな岩が穴へ向かって転がり始める。
轟音。
地面が揺れた。
岩は、そのまま穴の中へ落ちた。
しばらく、何も起きなかった。
俺は穴を見つめる。
「……失敗か?」
その時だった。
目の前に青白い文字が浮かんだ。
――レベルアップしました。
「……お?」
続けて、もう一つ。
――レベルアップしました。
さらに。
――レベルアップしました。
――レベルアップしました。
――レベルアップしました。
俺は目を見開いた。
しかし、表示はまだ終わらない。
次々と浮かび上がる青白い文字を見ながら、俺は思わず笑っていた。
「……一週間かけた甲斐があったな」




