ep1 見知らぬ牢屋
前世の俺は、いわゆる社畜だった。
朝から晩まで働き、帰宅する頃には何をする気力も残っていない。そんな生活を何年も続けた結果、俺は風呂の中で寝落ちした。そして、そのまま溺死した。
あまりにも間抜けな死に方だと思う。
次に目を覚ました時、俺は冷たい石の床に寝転がっていた。
鼻を突く獣臭さと湿った空気。薄暗い石造りの空間を見回してから、俺は自分の手を見て固まった。緑色の皮膚に、小さな指。慌てて全身を確認すると、人間だった頃の体はどこにもなかった。
「……ゴブリン?」
しかも、目の前には木製の格子があった。
狭い石造りの牢屋。その向こうには洞窟のような通路が続いている。どうしてこんな場所にいるのか、この体になってから何があったのか、俺には何も分からなかった。ただ、前世の記憶だけは残っている。
通路を時々、俺と同じようなゴブリンが通り過ぎていく。ここにゴブリンが複数居ることだけは分かった。
「……転生した先で牢屋スタートかよ」
格子を掴んでみたが、俺の力ではびくともしない。どうやら、この体はかなり弱いらしい。
他にできることもなく、俺は石壁にもたれて座り込んだ。
しばらくすると、洞窟の奥から大きな叫び声が聞こえてきた。
続いて、何かが壊れるような轟音。
地面が揺れ、通路の奥を数匹のゴブリンが走っていく。
「オセ!」
「コロセ!」
「ニガスナ!」
何が起きているのかは分からない。
だが、普通の状況ではないことだけは確かだった。
さらに大きな音が響いた。
今度は近い。
石壁が揺れ、格子の一部が大きく歪んだ。
そこには、俺の体なら通れそうな隙間ができていた。
俺は外の様子を窺った。
洞窟の中では、ゴブリンたちが戦っている。棍棒を持った者同士がぶつかり合い、地面には倒れたゴブリンもいた。どうやら、ここは別のゴブリンに襲われているらしい。
俺は一度、壊れた牢屋を見た。
そして戦っているゴブリンたちを見た。
「……逃げるしかないだろ」
俺は隙間から体を押し出し、そのまま洞窟の出口へ向かった。
途中で誰かに見つかれば終わりだったが、幸いにも戦っている連中は俺の存在など気にしていない。小さな体を活かして物陰を走り抜け、俺はどうにか外へ出ることができた。
洞窟の外には、深い森が広がっていた。
どこへ向かえばいいのかは分からないが、無我夢中で森の中を走った。
枝が顔や腕に当たり、草が足へ絡みつく。小さな体では思うように進めず、何度も転びそうになった。それでも、後ろからいつ誰かが追ってくるか分からない以上、立ち止まるわけにはいかなかった。
どれくらい走ったのか。
木々の隙間を抜けた瞬間、足元が消えた。
「……は?」
体が宙に浮く。
その先にあったのは、崖だった。
叫ぶ間もなく、俺の体は落下していった。
枝にぶつかり、何度も体が弾かれる。全身に痛みが走り、視界が激しく揺れた。
このまま地面に叩きつけられれば、今度こそ終わりだ。
せっかく生まれ変わったのに。
何も分からないまま、また死ぬのか。
そんな考えが頭をよぎった時、霞み始めた視界の中に青白い文字が浮かんだ。
――《システムを起動します》
「……なんだ、それ」
俺の意識は闇へ沈んだ。
【後書き】
第一話を読んでいただき、ありがとうございます。
ここから、今のところ最弱の主人公の旅が始まります。
少しずつ強くなり、進化し、世界を知っていく物語です。
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