3.ノスタルジックな夜。
自然教室1日目の夜。
山の空気は思っていたより冷たかった。
吐いた息が白く出ていって
キャンプファイヤーの火が揺れている。
ぱちぱちと音を立てながら
ゆっくりと燃えている。
周りでは皆が騒いでいる。
歌って、笑って
誰かが走って、また誰かが追いかける。
「三玉も行こうぜー!」
市ヶ谷に腕を引かれる。
「いや、いいって」
「なんでだよ!」
笑ってごまかす。
いつものように。
疲れた。
分かっている。理由はそれだけではない。
昼のことがずっと頭に残っている。
考えすぎだ。何でこんなに?
火を見つめる。
揺れている。
一定じゃない。
自分とは違う。
ふと視線を上げる。
少し離れたところに、六本木さんがいた。
輪の外で。
火の光だけが横顔を照らしている。
こんなに近くにいるのに遠く感じる。
1人でいる。
そう思った瞬間
「何してるの?」
気づけば声をかけていた。
六本木さんは少しだけ驚いた顔をして
すぐにいつもの表情に戻る。
「見てるだけ」
「楽しい?」
「うん、楽しい」
隣に座る。
少し距離を空けて。
沈黙と
火の音だけが響く。
何か言えよ
でも何も出てこない。
いつもなら適当に言葉を出すのに。
「三玉くん」
先に口を開いたのは六本木さんだった。
「大丈夫?」
また、それだ。
「大丈夫だよ」
反射で返す。
「本当に?」
言葉が詰まる。
「ずっと周り見てる、今も」
図星だった。
でも、それでも。
「それの何が悪いんだよ」
少し強く言ってしまう。
「別に悪くはない」
落ち着いていた声だった。
「でも、自分のこと、見てない」
その言葉は
火よりも強く胸に刺さった。
何かを言い返そうとする。
でも
出てこない。
なんでだよ
言葉はいくらでも持っているはずなのに。
「……何でそんなこと言えんの」
やっと絞り出す。
六本木さんは少しだけ考えてから言う。
「分かるから。同じだったから」
予想外の言葉だった。
「……え?」
六本木さんは火を見る。
「前は、ずっと正しいと思うことだけ言ってた。
それが一番いいと思ってたから」
「間違ってないし、困らない」
炎が揺れる。
「でも、それだと、誰も残らなかった」
静かな声だった。
でも、その重さは分かる。
「だから、今は少しだけ考える」
「何を言うか」
「何を言わないか」
何も言えなかった。
強いと思っていた。
何も気にしていない人だと思っていた。
でも違う。
ちゃんと見て
ちゃんと選んでいる。
その上で、あの言葉を言っている。
そんなの、強いに決まってる。
気づけば口に出ていた。
「六本木さんってさ」
少し間が空く。
「強いよね」
火が大きく弾ける。
その音にかき消されそうになるくらい、
小さな声だった。
六本木は少しだけ目を見開く。
初めて見る表情だった。
少しだけ揺れた。
「……そんなことない」
珍しく、すぐに否定する。
「俺は強いと思う。......俺にはできないから」
笑う。
でも、その笑いは、いつもと少し違った気がした。
六本木さんは何も言わない。
ただ、少しだけ視線を落とす。
何か違う。
「……どうしたの?」
思わず聞く。
少しの沈黙。
そして。
「……分かんない」
小さな声だった。
「分かんなくなった」
火の音が、やけに大きく聞こえる。
「強いって、何」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
自分は、何も言えなかった。
ただ
胸の奥で、何かが落ちた気がした。
この人も
完璧じゃない。
強いだけじゃない。
揺れるんだ。
自分と同じように。
でも
それでも。
それでも、この人は
やっぱり、強いと思った。
火が、また弾ける。
そして分かった。
自分は六本木さんへある感情を向けている。
それは尊敬であり、嫉妬であり、そして、
恋だ。




