21.恐怖、それと、仁村
私はずっと、ずっと場所を探していた。
どこでもいいわけじゃない。
でも、どこか特別な場所でもない。
ただ、少しだけ、
息ができる場所。
昔から、そういう場所はなかった。
誰かといても、どこか浮いている。
一人でいても、落ち着くわけじゃない。
だから、適当に笑って、
適当に流して、
どこにも根を張らないようにしていた。
そのほうが、楽で、
失うものが、ないから。
でも、
あのファミレスの夜だけは、少し違った。
決まった時間。
決まった席。
コーヒーの匂い、
どうでもいい話。
それだけなのに、
少しだけ、自分がここにいてもいい気がした。
仁村くんがいる。仁村くんが今日もいる。
あの人は、ちょうどよかった。
踏み込みすぎない。
でも、離れすぎない。
無理に明るくもしないし、
無理に優しくもしない。
だから、楽だった。
……そう思っていた。
でも、違った。
あの人は、変わり始めていた。
最初は、少しだけで。
参考書を開いて。
「ちょっとやる気出てきた」
なんて可愛げのあること言って。
それだけのことなのに。
妙に、引っかかった。
なんでだろう。
いいことのはずなのに。
ちゃんと前に進もうとしてる。
凄いことだよ。
それなのに、
胸の奥が、ざらついた。
置いていかれる。
そんな言葉が浮かんだ。
違う、とすぐに否定する。
別に、そんな関係じゃない。
ただ話してるだけ。
それだけなのに。
それでも。
もし、あの人が変わっていったら。
新しい場所を見つけたら。
ここには、来なくなるかもしれない。
この時間も、なくなるかもしれない。
そうなったら。
私は、また。
どこにもいられなくなる。
……くだらない。本当に馬鹿馬鹿しい。
そんなの、ただの自分勝手だ。
分かっている。
分かっているのに。
「なんでもない」
そう言って、誤魔化した。
踏み込まれないように。
でも、離れられないように。
中途半端な距離を守るために。
でも、あの夜に、
呼び止められた。
背中越しに聞いた言葉。
「おれ、この時間が好きだ」
心臓がどくんと跳ねた気がした。
「島といると、落ち着くんだ」
やめて。
それ以上、近づかないで。
「だから、なんでもいいから、聞くよ」
優しい。
ああ、この人は、
やっぱり、進もうとしてる。
ちゃんと、向き合おうとしてる。
私とは違う。
私は、ただ、ただ、
失いたくなくて、止まっているだけなのに。
少しだけ歩いて、止まる。
振り返れなかった。
顔を見たら、たぶん、
何かが崩れる。
「……ありがとう」
それだけ言った。
それだけしか、言えなかった。
胸の奥で。
ここにいたい、
ここを失いたくない、
どちらも本気だった。




