18.君と
次の日の朝。
教室は、いつもと同じざわめきに満ちていた。
笑い声、机を引く音、誰かの名前を呼ぶ声。
全部、昨日と変わらないはずなのに。
「……おはよ」
後ろから声がした。
振り返ると、後藤がいた。
「……お、おはよ」
少しだけ声が詰まる。
昨日のことが、頭に残っている。
電話のこと。
泣いたこと。
あのあと、全部さらけ出したこと。
何をどう話せばいいのか、分からない。
でも後藤は、そんなこと気にしていないみたいに、
いつもより少しだけ柔らかく笑っていた。
「ちゃんと寝れた?」
「……まあ、それなりに」
「そっか」
それだけの会話。
でも、不思議と苦しくはなかった。
無理に踏み込まない。
でも、ちゃんと見てくれている。
そんな距離だった。
授業が終わり、放課後。
帰る準備をしていると、
後藤が近づいてきた。
「市ヶ谷くん」
「ん?」
「今日、一緒に帰る?」
少しだけ間が空く。
「……ああ、いいよ」
立ち上がる。
教室を出て、廊下を歩く。
会話は、ぽつりぽつりと続く。
特別なことは何も話していない。
でも、それで、それだけでよかった。
無理に面白いことを言わなくてもいい。
無理に明るくしなくてもいい。
そんな時間は、初めてだった。
昇降口に着く。
靴を履き替えて、外へ出ようとしたときに、
後藤が軽く振り返る。
「じゃあ、行こっか」
その一言が、妙に自然で。
当たり前みたいで。
でも、それが、自分にとっては当たり前じゃなくて。
気づけば、手が動いていた。
後藤の袖を、軽く掴む。
「……ん?」
後藤が少しだけ驚いた顔をする。
言わなきゃいけない気がした。
逃げたら、また同じになる気がした。
「……ありがとう」
声は小さかった。
でも、ちゃんと届いた。
後藤は少しだけ目を細めて、
柔らかく笑った。
「うん、こちらこそ」
そのまま、二人で外に出る。
夕方の空気は、少しだけ冷たくて。
でも、昨日よりも、ほんの少しだけ。
歩きやすかった。
そんな気がした。




