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閾値の前で
レフカ外縁の観測塔に入った瞬間、イオナは違和感を覚えた。
計器盤は新しい。だが記録紙は古い。
新計器に旧書式を当てると、補正欄が必ず溢れる。溢れた欄は「欄外注記」へ逃がされ、欄外注記は監査で最初に切り捨てられる。
つまり、数字を残しているようで残していない設計だ。
彼女は立会いの監察官へ言った。
「この書式のままでは、閾値手前の挙動が消えます」
監察官は戸惑う。
「規定書式です」
イオナは首を振った。
「規定が現場を表現できないなら、規定を更新するべきです」
ガルムは周囲の導線を確認しつつ、低く補足する。
「更新提案を今夜中に作る。反論される前に公開版を出す」
夕方、イオナは暫定掲示板へ最初の更新案を張った。
新計器対応書式(試行版)。
補正欄拡張。
欄外注記禁止。
見た目は地味な改訂だ。
だが閾値手前の挙動を残せるかどうかは、次の危機で決定的な差になる。
夜、彼女は観測塔の窓からレフカ中枢の灯を見た。
遠い。だが遠いだけで、届かない距離ではない。
第一部で積んだ基礎は、ここで道具になる。
道具になる限り、前進は止まらない。




