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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第93話 雲外鏡(鏡夜えいり)の思慕~鏡の中に、私を見つけて~

1/2

 


 迷宮の奥、木造校舎の片隅。

 占いの館の中で、制服姿の女教師——いや、今は妖怪『雲外鏡』となった彼女が、鏡の前に座っていた。


 机の上には、古びたカードと、曇りのない鏡。

 その鏡は、訪れた者の記憶を映し、名前を探す。

 だが今、鏡に映っているのは、誰でもない

 彼女自身だった。


 鏡の前で、私はそっと制服の襟を整える。

 指先が、布の縁をなぞるたびに、わずかな光が反射して揺れる。

 髪の乱れも、スカートの皺も、許せなかった。

 鏡の中の『私』が、ほんの少しでも歪んで見えるのが怖かった。

 だって、それが『私』だったから。


 鏡の表面には、校舎の灯りがぼんやりと映り込み、その中に浮かぶ私の姿は、まるで誰かの記憶の中の幻のようだった。

 整った服装は、整った心の証。

 誰かに見られるための準備。

 ・・・でも、今は誰も見ていない。


 それでも、私は整える。

 それが、私が『私』であるための、最後の儀式だから。


 だけど・・・。

 これはなくない?


 私、教師だったのよ?

 それなのに、今さら制服なんて・・・。


 カルマ様が『配下の妖怪は制服で』と決めたそうだから、従うけれど。

 でも、せめて肩くらいは出させてほしいわ。

 じゃないと、窮屈すぎるの。


 学生服の襟を大きくして、ショルオフに。

 このくらいの変形なら、許してくれるでしょう。

 ・・・もしかしたら、食いついてくれるかしら?


 この肩のライン、誰かに見られるためじゃない

  『私』がここにいるって、感じるためのもの。

 仮面のような襟を少しずらして、息ができるようにする。

 それだけで、少しだけ自由になれる気がするの。


 整えることに縛られていた私が、今は『整えすぎない』ことで、自分を保っている。

 それって、少しだけ——生きているってことかもしれないわね。



 ・・・おかしいわね。

 鏡に映るこの顔、私のはずなのに、私じゃない。


 整っているはずなのに、整っていない。

 誰かの目に映る『私』が、こんなに歪んで見えるなんて。


 私は、教師だった。

 探索者だった。

 誰かの役に立つことで、自分を保っていた。


 整えられたノート、揃った制服、沈黙する生徒たち。

 それが『教育』だと思っていた。


 心を削り、形を揃え、感情を排して。

 そうして初めて、人は『完成』に近づくのだと。


 でも、あの子は違った。

 カルマは、整えられなかった。


 誰にも染まらず、誰にも見られず、ただ静かに立っていた。

 その姿が、私の『正しさ』を否定した。


 思えば、『私』の心はあの時からカルマ君に囚われていたのかもしれない。

 正しく、『整った私』を崩す存在として。


 私は、彼を見ていたつもりだった。

 でも、それは『整えるため』の視線だった。


 彼の声を聞いたことはなかった。

 彼の名前を呼んだことも、なかった。


 私は知らず、彼を『私』にしようとしていた。

 かつての『私』。

 人間だった『私』。




 気づいた時には、もう遅かった。

 探索者を辞めた瞬間、誰も私を見なくなった。

 鏡を見ても、昔の写真を見ても、そこに『私』はいなかった。


 ・・・私って、どんな人間だったっけ?


 記憶の中の『私』は、誰かの目を通してしか存在できない。

 だったら、いっそ——


 私が、鏡になればいい。

 誰かの記憶を映す鏡。

 誰かの『目』の中に、私がいれば、それでいい。


 痛みが走る。

 胸が、喉が、指先が、軋むように変わっていく。

 人間の形が崩れていく。


 でも、怖くない。

 だって、もう『私』は、形じゃない。


 私は、誰かの記憶に映る存在。

 誰かの目に映ることで、ここにいる。

 それが、私の『名前』になる。


 雲外鏡——鏡の奥に、私がいた

 誰かの記憶の中で、静かに微笑んでいた。


 鏡の奥で、カルマが振り返る。

 その目は、誰も見ていないようで、誰かを探していた。


 彼女は、その視線に気づかなかった。

 いや、気づいていたのに、見ないふりをしたのかもしれない。


「・・・名前を呼ぶほどには、近づけなかった」


 その言葉に、鏡が静かに揺れる。

 まるで、彼女の心の奥に触れたように。


「でも、今なら・・・」


 彼女は立ち上がる。

 鏡の前に立ち、もう一度自分の姿を見つめる。


 そこには、仮面を外した『彼女』がいた。

 整えられた教師ではなく、誰かに見られたいと願う、一人の人間。


「カルマ様・・・次に来た時は、ちゃんと見てあげるわ。・・・違う。ちゃんと見させてほしい。あなたの『形』じゃなく、『声』を」



 占いの館の扉が、静かに開いた。

 迷宮の風が、彼女の髪を揺らす。


 その瞬間、鏡の奥に、カルマの姿が一瞬だけ映った。

 彼は、微笑んでいた。

 それは、誰かに見られたことを喜ぶ、静かな笑みだった。


 彼女は、静かに微笑み返した。

 それは、誰かの『目』に映ることで生まれた、ほんの少しの『自分』だった。


 整ってはいないかもしれない。

 目を背けたくなるほど歪んでいるかもしれない。

 ——だけど、自信をもって『私』だといえる。



 私はこれから、占いを通じて、いろんな人の人生を映していく。

 名前を探す者、過去を知りたい者、未来に迷う者。

 その記憶の断片に、私はそっと触れる。

 まるで、誰かの夢の中を歩くように。


 でもね・・・その中に、『私』の欠片もあるかしら?


 誰かの記憶の片隅に、私の声が残っていたり。

 誰かの未来の選択に、私の言葉が響いていたり。

 そんなふうに、誰かの人生の中に、私が『いた』ことを知る瞬間があるなら——それだけで、私はここにいていいと思えるの。


 カルマ様・・・いいえ、カルマ君。

 あなたに見てもらえる、そんな『私』の欠片が、どこかにあるかしら。


 整えようとした私じゃなくて。

 教えるふりをして、見ようとしなかった私じゃなくて。

 ただ、誰かに見られたいと願っていた、あの頃の私。


 鏡の奥に、映るかしら。

 あなたの目に、届くかしら。


 その瞬間、私はきっと—— 本当に、ここに『いる』って思えるの。

 その瞬間、彼の目に映る私は、もう『誰かの形』じゃなくて、『私自身』であってほしい。

 それが叶うなら、私はもう『鏡』じゃなくてもいい。

 ——ただ、ここに『いる』と信じられるから。


 だから今日も、私は鏡の前に座る。

 誰かの記憶を映しながら、その奥に、そっと『私』を探している。



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