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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第92話 舞台演目② 『執着の檻』~見られたかった背中~

2/2

 


 迷宮の一角、スーツ姿の女性教師が立っていた。

 その目は、誰かを探していた。

 いや、『誰か』ではない。

『彼』だった。


「こんなところにいていいのかしら?」

 行く手に、制服の袖を揺らして待ち受ける『真梨華』の姿を見つけ、女教師は挑発的に言葉をかけた。


 地上へ向けて、仲間を率いていなくていいのか?

 そういうことだろう。


「・・・かまわないわ」

 対する『真梨華』は顔の横で、煩わしげに手を振った。

 耳元を掠めた小さな虫を払うようなしぐさだった。


「あなたこそ、こんなところで『なに』を探しているの?」

「・・・あなたに関係あるかしら? 男に縋りつくだけのあなたに」


 リーダーに寄りかかり、それでようやく立っていた。

 そんな、『真梨華』を嘲笑ってくる。


「そうね・・・昨日まではどうでもよかった。貴女のことなんて気にしたこともないわ。彼のそばにいられればそれで十分だったから」

 リーダーが全てだったことを認めてみせる。


 女教師の眉が少し寄った。

『こいつは、誰?』。

 そんな疑問が湧いた顔だった。


「ねぇ? 気が付いていないわよね? 酔っているから? それとも疲れているのかしら? 『探索者』の感覚がすっかり鈍っているようね」

 両手を広げ、くるりと回ってみせる。

 スカートの裾が優雅に舞った。


 男性教諭にならともかく、自分に?

 訝しげに眉間のしわを深くした女教師だが、さすがに気が付いた。


「ダンジョンの内装が変わっている? 土と森ではなく・・・木の板。何かの建物?」

「正解よ。今、このダンジョンは『学校』。木造校舎になっているわ」

「・・・『性質の変容』、ね」

 例は少ないが、報告はある。


『ダンジョン』の性質『テーマ』が何らかの理由で変更される現象だ。

 それが起こる可能性・・・。


「『ダンジョンマスター』の攻略は報告通り成功していたわけね」

「ええ。ただし、その直後に新たな『ダンジョンマスター』が現れる・・・いえ、『選ばれる』ことは誰も予想していなかった」

「・・・・・・」

 女教師が考え込む。


 かつて、『現役』当時には『マザーコンピューター』——『マザコン』――とふざけた呼び方に、多分の敬意を込めて呼ばれていた。

 冷徹で思慮深い分析力と洞察力が動き出す。

 最近は、『標的』にした生徒を『導く』ことにしか使っていなかったそれを、フル稼働させた。


「まさか・・・」

 思い当たって、顔色を変える。


「『彼』ね。そうなのね!」

 女教師は、周囲を見渡した。

 木造校舎の廊下、軋む床、掲示板に貼られた『文化祭のお知らせ』。

 それは、かつて彼が笑っていた場所だった。


 女教師が、初めて『カルマ』に目を向けた場所でもあった。

 自死をされても困るから、一応監視はついていたのだ。


 女教師はそのうちの一人。

 彼女の目に、『カルマ』は打ちひしがれて孤独、御しやすい相手に見えていた。


「・・・ふざけた演出ね。こんなもの、彼が望むはずがない」


 真梨華は、静かに微笑んだ。

 その笑みは、どこか哀しみを含んでいた。


「そうね。彼は、誰にも見られなかった教室の隅で、ただ静かに夢を見ていただけ。誰にも届かない声で、名前を呼ばれることを願っていた」

 妖怪となった時、『まゆり』の糸はカルマの記憶をも手繰り寄せていた。

 愛したなら、骨までしゃぶりつくすのが『女郎蜘蛛』の本能だから。


 女教師の目が揺れる。

 その言葉が、心の奥に刺さった。


「あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」

『真梨華』が問う。


「・・・あるわ。何度も。何度も呼んだ。彼が私を見てくれるように」

「でも、彼はあなたを見ていなかった」


 孤独であるはずのカルマは、それでも腐らずにいた。

 一人、必死に立っていた。

 だから、女教師の『導き』に乗らなかったのだ。



「真梨華・・・あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」


 教師の声は、静かに震えていた。

 その震えは怒りではなく、焦りだった。

『真梨華』は、ゆっくりと首を傾ける。


「名前を呼ぶのは、見つけた人の特権よ。あなたは、彼を見ていた?」


 その言葉に、教師の顔が歪む。

 彼女は『見ていた』つもりだった。

 けれど、それは『自分の欲望』を通して見た幻だった。


「私は・・・彼を守ろうとしたのよ。あの子は、私の・・・」


「あなたの『何』? 所有物? 慰め? それとも、名前の代わり?」


『真梨華』の声は冷たく、そして優しかった。

 それは、誰かの痛みを知っている者の声だった。


 迷宮の壁が、再び囁く。


『演目:執着の檻』


「・・・あなたは、誰?」

 女教師が目を眇める。


 話せば話すほど『真梨華』とは違う。

 見た目は似ているが、考え方か、価値観が、『本質』が。

 まるで違っている。


「私は『黒羽まゆり』。妖怪『女郎蜘蛛』にして、このダンジョンの『サブマスター』。カルマ様の手足となるもの」


『真梨華』の目が表情のない蜘蛛の目に、手首から糸が垂れる。

 左右の肩には子犬サイズのタランチュラが一匹ずつ。


 ◇


 カルマは、画面の前で小さく笑った。

「さて、どちらの『執着』が相手を絡めとるか、見せてもらおうか」


 ◇


 まゆりの瞳は、感情のない蜘蛛の目。

 その奥に、記憶を喰らう静かな飢えが潜んでいた。


 まゆりの糸が、空気を渡る。

 細く、見えないほどの糸が、女教師の足元に絡みつく。

 それは攻撃ではなく、『記憶の再生』だった。


 女教師の視界が揺れる。

 目の前に現れたのは、かつての教室。

 誰もいない放課後、窓際に座るカルマの背中。


「・・・彼は、私を見ていた。そう思っていたのに」


 まゆりの声が、記憶の中に響く。


「彼は、誰も見ていなかった。見られることを、ただ待っていたの」


 女教師の足元に、掲示板の紙が舞い落ちる。

 それは、文化祭の企画書。

『誰にも見られなかった』彼の提案が、そこにあった。


「あなたは、彼の『声』を聞いたことがある?」


 まゆりの糸が、教師の手に絡む。

 その手は、かつてカルマの提出物を『無視』した手だった。


「・・・やめて・・・」


 教師の声が震える。

 それは、怒りでも焦りでもない。

『見ていなかった』ことへの後悔だった。


「というか・・・貴女。『本当は誰を』欲しかったの?」


 女教師は、言葉を失った。

 まゆりの問いは、ただの挑発ではなかった。

 それは、彼女自身がずっと避けてきた『問い』だった。


「・・・私は・・・」


 声が震える。

 その震えは、迷宮の空気に溶けていく。


「彼が欲しかったのか、それとも・・・彼に見られている『自分』が欲しかったのか」


 まゆりは、静かに頷いた。

 その瞳は、まるで『答えを知っている者』のようだった。


「執着ってね、相手を縛るようでいて、本当は『自分の形』を守るためのものなの」


 ◆


 女教師は、かつてコンピューターと言われるほど理知に富んだ女性だった。

 仲間から信頼され、頼られて。


 それが、『彼女』を失わせた。

 形は保っていても、『心』は色をなくしていく。


『自分』というものをなくして、必要な分析を行い最善の答えを出す存在。

 そんなものになっていった。

 だから、『探索者』を引退した時、彼女は途方に暮れた。


「私って、どんな人間だっけ?」

 鏡を見ても、昔の画像を見ても思い出せなかった。

 だから、『他人の目』に執着した。

 他人が自分を見るとき、そこに『自分』が必ずいるのだから


 ◇


 女教師は、まゆりの糸に絡め取られながら、静かに目を閉じた。

 その瞼の裏に浮かぶのは、かつての仲間たちの笑顔。

 そして、自分が『必要とされていた』頃の記憶。


「私は・・・誰かの『役に立つ』ことで、自分を保っていた。いつのまにか、そうなっていたの」


 まゆりは黙って聞いていた。

 糸は、教師の胸元に絡み、鼓動のリズムを探っていた。


「でも、探索者を辞めた瞬間、誰も私を見なくなった。だから、誰かの目に映る『私』に、すがったの」


 その告白に、迷宮の空気が変わった。

 木造校舎の廊下に、風が吹き抜ける。


 まゆりは、糸を緩めた。

 それは、優しさではなく、『見せるため』の演出だった。


「じゃあ、見せてあげる。彼の目に映っていた『あなた』を」


 迷宮の壁が開き、教室の中に一枚の鏡が現れる。

 その鏡には、カルマの視点で記録された『女教師』の姿が映っていた。


 無表情で、冷静で、ただ『必要なこと』だけを言う存在。

 でも、その背中には、誰にも見られない寂しさが滲んでいた。


 女教師は、鏡に手を伸ばす。

 その指先が、震えていた。


「・・・私、こんな顔してたんだ」


 まゆりは、静かに言った。


「それでも、彼はあなたを『見ていた』わ。ただ、『名前』を呼ぶほどには、近づけなかっただけ」


 女教師は、鏡に映る『自分』を見つめていた。

 その瞳に、初めて『色』が戻っていた。


「・・・私、いたのね。ちゃんと、ここに」


 まゆりは、糸を静かにほどいた。

 それは、もう『絡める』ためのものではなかった。

『繋ぐ』ための糸だった。


 迷宮の空気が変わる。

 木造校舎の廊下に、柔らかな光が差し込む。

 黒板に、最後の文字が浮かび上がる。


『演目:執着の檻——終幕:雲外鏡』


 過去と未来、そして現在。

 物事の『本質』を映し出す鏡の妖怪。

 それが・・・『雲外鏡』。


 迷宮の一角に、古びた占いブースが現れる。

 そこには、制服姿の『雲外鏡』が静かに座っていた。


 迷宮の壁が、静かに光を灯す。

 まるで、舞台の幕が下りる瞬間を見届ける観客のように。


 彼女の前には、鏡とカード。

 そして、誰かのまたは自分の『名前』と『記憶』を探す者たちが、そっと扉を開ける。


 退避と追跡行の脱落=生徒2 教師4


 ◇


 カルマは、画面の前で頷いた。


「過去を映し、未来を示す。学園祭には『占いの館』が必要だしね」

 新しくできたブースに満足げだ。


「はじめてになるのかな? 生きたままの妖怪化って?」

『システム』に問いかけた。

 そもそも人間のまま妖怪化するとは思ってなかった。 


『ある意味では『河童:沢辺みどり』も生きたままですよ。ちゃんと蘇生していたものを変えたのですから』

「ああ。そういえばそうか」

『妖怪化に『死』は必須ではありません。無理矢理に変えるには意識がないほうが楽だというだけのこと。本人が望むのなら・・・むしろ簡単ですね。自分の『魂』で勝手に変わってくれます』

 ネームドを作るときに消費する『ソウルポイント』も安くて済むらしい。


「そうなんだ・・・」


 小さく頷いたカルマの目が、ウィンドウを見つめる。

 妖怪が加速的に増える予感がした。


評価いただけると続編を書く意欲に直結します


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