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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第90話 狂騒曲 ~錯綜する反響~

2/2

 


 その女は身に不釣り合いな大盾を背負って歩いていた。

 どこへ行こうとの意思もなく、ただひたすらに歩いていた。

 胸に去来するのは漠然とした問い。


「あの人はなぜ死んだの?」

 死ぬことにどんな意味があったのか。

 それとも、そんなものはなかったのか。

 そんな問いを胸に、盾女はさ迷い歩いている。

 そこへ声がかかる。


「こんなところで何をしているの? 撤退するわよ!」

「サブリーダー?」

 ひび割れた声が出た。


 そこに入るはずのない人物と、数人の生徒がいた。

 誰なのか、確認するだけの興味はない。

 ただ、機械的に会話をする。


「マリカでいいわ。『レイド』は失敗。リーダーとかサブとか意味がない」

「し、しっぱい?」

 感情が動いた。

 自分が、まだ人間だと思い出す。


 淡々と告げられた言葉が理解できない。

 盾女は盾を落としそうになって慌ててしがみついた。


「ええ。失敗。リーダー以下本隊は壊滅した。ともかく、生存者を集めて63階層まで撤退よ。そのあとは・・・地上に出て学校側の責任を追及する!」

「地上に・・・、え。追及する?」

 盾女の目に光が戻ってきた。


 漠然としていた問いが形となっていく。

 問うべき相手を示されたことで、方向性も定まった。


「早く帰りましょう」

 大盾を背負いなおして、盾女は先を促した。


 ◇


『マリカ』は生存者を回収しつつ、上を目指す。

 まずは、63階層。

 そして、50階層で教師たちに直接『レイド失敗』を報告する。


 ◇


「うそ・・・」

「なによ、これ」

 63階層まで撤退した生存者たちを待っていたのは、踏みにじられた幕舎だった。

 遺体は見つからなかったが、命が失われた痕跡は随所に見られた。


 何人いなくなったのか?

 むしろ、生き残りはいるのかと疑問を覚えるほどの惨状だ。


「下にはいなかった。上に逃げたと信じるしかないわ」

 マリカの言葉に、全員が頷く。


 先駆けや後詰を探しながら登ってきた。

 なのに、63階層からの避難者を見ていない。

 いるはずの先駆けや後詰すら、見つけることはできなかったのだ。


 上の階層へ期待するほかなかった。

 そして、その期待もすぐに失われた。


 奇妙な球で固められていた双子が証言したのだ。

 自分たち以外に62階層へ上ってきた者はいないと。


『レイド失敗』。

 その意味が一人一人にのしかかる。


 来たときは266人いた。

 今は30人にも満たない。


 損耗率九割。

 目が眩むような実情だった。


 そうして、ついに彼女たちは50階層へと到着。

 教師陣と相対することになる。


「生存者はこれで全員です」

 マリカの声は静かだった。

 けれど、その静けさが逆に重く響いた。


「・・・は?」

 最初に声を漏らしたのは、酔いの残る中年教師だった。

 グラスを持った手が、わずかに震えた。


「そんなはずはない。報告では、成功だったはずだ」

 別の教師が端末を確認する。

 だが、画面は沈黙していた。


「生徒たちが勝手に動いたんじゃないのか?」

「そうだ。指示を無視して、無謀な行動を取ったんだ」

「計画通りなら、こんな損耗率になるはずがない!」


 教師たちは口々に言い訳を並べ始める。

 その言葉は、まるで自分たちの責任を霧に包もうとするかのようだった。


 マリカは一歩、前に出た。

 その瞳は、冷たく澄んでいた。


「計画通り? なら、誰がその計画を立てたのか、はっきりさせましょう」

「・・・何が言いたい?」

「地上で、法に訴えます。記録も証言も、すべて提出します」


 その瞬間、空気が凍った。

 それは、教師たちにとって破滅を意味したからだ。


 考えてみるがいい。

 生徒を一人犠牲にすることが前提の『計画』。

 そんなものを世間が受け入れるか?

 受容されるわけがない。


 だから、それは校内だけの『秘密』だった。

 それを公表すると言われて慌てた。


「ま、待て。そんなことをしても、誰も得をしない」

「君たちも、学校に残りたいだろう? 進路に響くぞ」

「感情的になるな。冷静に話し合おう」


 教師たちの声は、次第に焦りを帯びていく。

 だが、マリカは動じなかった。


「冷静に話し合うなら、地上で。記録のある場所で」

「・・・っ」


 誰も、言い返せなかった。

 その場にいた教師たちは、初めて『自分たちが見ていなかったもの』の重さを知った。


「・・・」

 その時、空気がわずかに揺れた。

 誰も気づかない。いや、気づけない。

 教師陣の中でも小柄な男が、音もなく影の中を滑るように動いた。


 彼は『隠密』のスキルを持っていた。

 かつて探索者だった頃、数多の罠をすり抜け、獲物の背後を取ることに長けていた。

 今、その技術は『証言者の口を封じる』ために使われようとしていた。


 標的は、生存者の一人。

 まだ若い、魔術師の少女。

 彼女は、記録を持っていた。

 そして、マリカの言葉に頷いた一人だった。


 刃が振るわれたのは、ほんの一瞬のことだった。

 だが、少女がわずかに身を引いたことで、刃は命の核を逸れ、肩口を裂いた。


「きゃっ・・・! せ、先生が・・・っ!」


 その声が、静まり返った空間に響いた。

 血が床に滴る。

 教師たちの顔が、凍りついた。


「な、何を・・・!」

 マリカが叫ぶより早く、少女は倒れながらも杖を掲げた。

 魔力が揺れる。

 警戒の光が走る。


「記録は・・・残ってる・・・! 私だけじゃない・・・!」


 その言葉に、教師たちの顔色が変わった。

 誰かが息を呑み、誰かが一歩後ずさる。


「・・・やったのか、先生」

 別の生徒が、震える声で言った。

「本当に・・・やったのか・・・!」


 小柄な男は、何も言わなかった。

 ただ、静かに刃を拭い、元いた場所に戻ろうとした。


 だが、もう『隠密』は通じなかった。

 全員の視線が、彼に向いていた。


「お、おい。さすがにそれは・・・」

 一人の教師が、震える声で言った。

 目の前で生徒が傷ついた。

 それを見て、ようやく『やりすぎ』だと口にした。


 だが、隠密スキルを持つ男は、振り返りもせずに答えた。


「九割まで損耗したんなら、『全滅』でも大して変わらん! 俺たちのクビの安全度以外はな!」


 その言葉が、空気を変えた。

 教師たちの目が、静かに、しかし確かに変わった。


「・・・確かに、全員いなくなっていれば、報告は書き換えられる」

「記録も、映像も、残っていなければ」

「生存者がいなければ、責任は問われない」


 誰かが呟き、誰かが頷いた。

 その目には、もはや教育者の光はなかった。


 生徒たちは、言葉を失った。

 だが、空気は確かに変わっていた。

 教師と生徒、その間に、見えない刃が生まれていた。


「・・・先生たち、何を言ってるの?」

 魔術師の少女が、血を流しながらも声を絞り出す。


「私たち、帰ってきたんですよ。生きて・・・!」


 その声に、誰も答えなかった。

 ただ、教師たちの視線が、冷たく生徒たちを見下ろしていた。


 マリカは、前に出た。

 その瞳は、怒りでも悲しみでもなく、ただ静かだった。


「・・・なら、私たちも覚悟を決めるしかないわね」


 その言葉に、生徒たちが顔を上げる。

 誰かが杖を握り直し、誰かが剣の柄に手をかける。


 殺意は、教師だけのものではなかった。

 生き残った者たちの中にも、火が灯っていた。


「・・・みんな。生き延びて!」


 緊迫した空気の中、魔術師の少女が叫んだ。

 その声は震えていたけれど、確かに届いた。

 仲間たちの胸に、深く。


 彼女は走り出した。

 傷口から黒い血が滴る。

 それは、ただの出血ではなかった。


 毒か、呪いか。

 体内で魔力が暴れ、皮膚の下で光が揺れていた。


「暗殺者か!?」

 誰かが叫ぶ。

 隠密スキルを持つ教師のジョブに、ようやく気づいた瞬間だった。


 だが、もう遅かった。

 少女の体から、魔力があふれ出す。

 それは、制御された魔法ではない。

 命の残り火を、力に変えた『最後の術』だった。


「ごめんね・・・でも、これで守れるなら・・・!」


 その言葉とともに、光が爆ぜた。

 魔力が空間を満たし、毒の波が教師陣を包み込む。

 悲鳴が上がる。

 誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。


 生徒たちは、目を見開いた。

 その光の中に、少女の姿はもうなかった。

 ただ、杖だけが床に転がっていた。


「・・・彼女、最後まで・・・」


 マリカが呟いた。

 その声は震えていた。

 怒りでも、悲しみでもない。

 ただ、誓いのような静けさだった。


 教師たちは混乱していた。

 毒に侵され、動けない者もいた。

 その隙に、生徒たちは動き出す。


「逃げよう!」

「記録を持って、地上へ!」


 少女の犠牲が、道を開いた。

 その光は、絶望の中で確かに『希望』だった。


「——逃げろ」

 教師たちをにらみつけながら、一人の少年が仲間の背を押した。

 その声は、怒鳴りでも叫びでもなく、ただ真っ直ぐだった。


「お前は?!

  振り返った仲間が、目を剝く。

 少年は、力なく首を振った。


「俺はいかない」


「なぜ?!」

 問いは、混乱と怒りと悲しみが混ざった叫びだった。


 少年は、少しだけ笑った。

 その笑みは、どこか寂しくて、どこか誇らしげだった。


「男ってさ、惚れた女の背中を追うものだろ?」


 その言葉と同時に、少年は前へ出た。

 教師たちの前に立ち、逃げる仲間たちの背中を守るように。


 その姿が、さっき見たばかりの少女の背中と重なった。

 命をかけて仲間を守った、あの光景と。


「ばかやろう・・・!」


 誰かが、血を吐くように言った。

 その声には、怒りも、悔しさも、涙も混ざっていた。


 だが、誰も止められなかった。

 少年の背中は、すでに決意に満ちていた。


 仲間たちは、振り返らずに走った。

 その背中に、少年は何も言わなかった。

 ただ、静かに前を向いていた。

 迷宮の空気が、張り詰めた。



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