第86話 最後の10人 ~リーダーの独白~
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俺は、守るために剣を持ったはずだった。
でも、気づけばその剣は、仲間を切り裂いていた。
あの人たちは、元探索者だった。
俺たちに“夢”を語った。
「犠牲は美しい」「勝利は正義だ」って。
俺は、それを信じた。
だから、カルマを“爆弾”にすることも、正義だと思った。
でも、今思えば、あれは“演出”だったんだ。
俺たちが舞台に立つための、都合のいい脚本だった。
カルマを爆弾にしたのは、俺じゃない。
そう言い切れるか?
サブリーダーを見捨てたのは、俺じゃない。
そう言い切れるか?
一葉だけは守りたかった。
それが、俺の“正しさ”だった。
でも、正しさってなんだ?
誰かを守るために、誰かを犠牲にすることか?
俺は、英雄になりたかった。
でも今、俺は『舞台の上の悪役』だ。
カルマは、それを見抜いていた。
俺は、ただ乗せられていただけだった。
それでも、剣は握っている。
それしか、俺には残っていない。
◆
リーダーの中では、過去の映像がフラッシュバックしていた。
レイドの計画が発表される前日。
生徒指導室に呼ばれて、担当教師と話し合った『あの時』の映像だった。
広くはない部屋。
テーブルとイスしかない。
テーブルの向こうには歴戦の戦士といった風情の二人の大人。
『元探索者』の教師たちだ。
教師A(微笑みながら):「君は、よく頑張ってるね。みんなをまとめて、責任を背負って・・・本当に立派だよ」
リーダー:「でも・・・人を爆弾にするなんて・・・それは・・・」
教師B(穏やかに):「君が決めることじゃないよ。これは『皆のため』の判断なんだ」
教師A:「カルマくんも、きっとわかってる。彼は『支える側』の子だから」
教師B:「それに、彼の魔力は特別だ。君の剣が輝くために、必要なんだよ」
リーダー:「・・・・・・」
教師A(優しく肩に手を置いて):「君が決めたってことにしておこう。その方が、皆も君を信じる」
教師B(微笑みながら):「英雄って、そういうものだよ。誰かの痛みを背負って、前に進む人」
教師A:「さあ、行こう。君の選択が、皆を救うんだ」
教師B:「そして、カルマは『名を残す者』になる。美しいじゃないか」
リーダー:「・・・・・」
(何人かの顔が脳裏をよぎった。)
(笑いかけてくれる顔。ちょっと悲しそうな顔。怒って首を振った顔もある。)
(それでも——。)
リーダー:「・・・わかりました。僕が・・・みんなに伝えます」
◇
そうして『レイド』は始まった。
うまく行ってた。
カルマのために、最高に泣ける演説原稿を何度も書き直してきた。
嚙んだりしないように、暗記するまで読み込んだ。
きれいに終わらせられるはずだったんだ!
リーダーの自分の内面との対話は、まだ続いている。
◇崩壊は止まらない◇
半分になったレイドメンバーは、さらに半分に分かれた。
リーダーと一葉、そして他の三人だ。
床にどっしりと立つひときわ巨大な氷柱を挟んで、距離が置かれた。
リーダーは未だ立て直せずにいて、一葉は怯えている。
三人はリーダーに警戒の目を向けていた。
後ろから忍び寄る影に、気が付いていない。
氷柱の周囲で空気が揺れていた。
下へ下へと下げる冷気。
それが、時折激しく上昇する。
まるで、近くに炎の熱を持った何者かがいるかのように。
「ほつれた糸は燃やされる」
熱を感じない言葉。
「「「っ?」」」
三人が振り返る。
左右の者の肩には手がかかった。
中央の者は妖艶な女の微笑みを見た。
そして、現場は熱くなった。
火柱が三本、立ち上った。
焼け焦げる匂いが、氷の冷気を押しのける。
パチ・・・パチ・・・と、炎が氷を舐める音が響く。
サラは、ただ微笑んでいた。
まるで、これが『当然の結果』であるかのように。
周囲には氷柱。
赤と青のコントラストが美しい。
蒼い氷柱と赤い火柱。
見た目だけは華やいでいる。
残り、二人。
◇
「さ、沙羅?」
炎とともに現れたサラを見て、一葉が声を震わせた。
◇一葉の後悔◇
サラは、炎の中から現れた。
制服は、どこか懐かしい形をしていた。
でも、色が違う。
深紅と黒のグラデーション。
スカートの裾には、焦げ跡のような模様が浮かんでいた。
髪は長く、艶やかで、炎の光を受けて揺れていた。
目は細く、笑っているようで、何も映していない。
一葉は、無意識に共通点を数えていた。
(髪の長さ、同じ)
(制服の形、同じ)
(笑うときの口元、少し似てる)
でも、違う。
この女は、誰かのために笑っていない。
この女は、誰かの痛みを見て、微笑んでいる。
一葉は、震えながら思った。
(私も、あの時・・・カルマの痛みに、目を向けなかった。沙羅から見た『私』も、こうだったのかも?)
(あの時、沙羅は言った。「本当に、これでいいのかしら?」と)
(私は、その言葉を弱気だと思って無視をした。)
(その結果が今の状況なのだとしたら・・・)
(沙羅が次に焼くのは『私』なのかもしれない)
「さ、沙羅・・・?」
一葉は、炎をまとって登場した『サラ』を『沙羅』だと認識した。
サラは他の妖怪たちと比べると、外見の変容度が低い。
一目で『素材』を特定できたのだ。
「65階層ぶりね。あなたたちに置き去りにされて以来の再会よね?」
まるで、さっき喫茶店でお茶して以来よねっていうような気軽さだった。
「お、置き去りにだなんて、わ、私たちは・・・」
置き去りという言葉の重さ、それを笑顔で、ありふれた挨拶のように言われる。
一葉は、言葉と表情の選択に戸惑いを隠せない。
だいいち、私と沙羅とは、敵対しかけていたはず。
まずは『レイド優先』。
それで無理やり先送りにしていただけで、感情はくすぶったままだった。
「言い訳はどうでもいいの。どちらにしろ、結果は変わらなかっただろうし」
「言い訳だなんて! ・・・え? け、結果?」
「ええ。もう、あなたたち二人だけよ。レイドは全滅ね」
「なっ?!」
一葉が息を吞んでふらついた。
否定の言葉は出なかった。
ひよりとフラノ、そしてサラの顔に目を向けて無言だ。
それぞれの『素』が『誰』なのか、わかる。
だから、否定の言葉は出なかった。
「あそこで『前進』を選んでくれてよかったよ。間引く手間が格段に減ったからね」
カルマが朗らかに感謝を伝える。
「よ、よかった・・・って」
自分の選択が、裏目に出ていることが重くのしかかる。
たとえば、『前進』ではなく『後退』を選んでいれば?
たとえば、『沙羅』との議論で対立ではなく融和を選んでいたら?
たとえば・・・カルマとの別れ際、自分から『エリクサー』を手渡していたら?
何かが変わっていたのではないか?
カルマは本気で感謝していた。
あそこでばらけていなければ、この場に十数人が到達していた可能性がある。
そうなっていれば、もっと苦労しただろうと思われるからだ。
それがわかる。
わかってしまう。
「あ、あんた・・・」
私の選択が・・・誰かの命を削ってた。
それを、カルマは『助かった』って言っている。
一葉は、言葉を失った。
その場に立っているだけで、罪の重さに押し潰されそうだった。
リーダーは、その姿を見ていた。
そして、自分の中の『演説』が、もう誰にも届かないことを悟った。
夢を現実が塗りつぶしている。
名前だけの『英雄』となるはずだったカルマは生きていて目の前にいる。
何より、実質的な『英雄』として凱旋するはずだった自分は打ちひしがれている。
もう、何もかもが届かない。
(ああ、そうか。現実的じゃないから、あの原稿は書けなかったんだ)
何度書き直してもしっくりこなくて、頭を悩ませたことが思い出される。
事実ではなく、虚言だったから。
真実ではなく、ただの願望・・・野望だったからなのだ。
元が歪んでいるものを、どうにかまっすぐにしようとしていた。
『徒労』とは、こういう時に使うのか・・・。
英雄になれると思ってた。
犠牲の上に雄々しく立ち上がる『英雄』。
だけど・・・。
リーダーは、わずかに口を歪めた。
思い出す。
『犠牲を出させない、傷だらけの英雄』。
それこそが、真に彼が夢見ていた『英雄像』だったと。
夢を諦めた『大人』の言葉に耳を傾けすぎたのだ。
でも、それを認めるわけにはいかない!
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