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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第73話 再会と出会い ~沈む者と食む者~

1/2

 


「ねぇ、人を斬るって、どんな気分?」

「っ!?」

 心臓が跳ねた。


 言い訳を重ねても拭いきれない手の感触。

 モンスターではない、人間を手にかけた手応え。

 腕の記憶を否応なく意識させられる。


「し、しかたなかったのよ!」

「そうね。意図しない事故というのよね」

 笑うような響き。

 それは、A小隊長に理性を取り戻させるものだった。


「あなた、誰?」

 硬く冷たい問いかけ。

 この場にあるはずのない『誰か』もしくは『何か』への問いだった。


「あら、『私』がわからないのかしら? 『沙羅』?」

 A小隊長の名を呼び、一人の女が姿を現した。


 闇に溶け込むような長い黒髪が風もないのに静かに揺れ、まるで彼女自身がこの世のものではないかのようだった。

 白いセーラー服の襟元には深い藍色が映え、胸元の赤いリボンが、唯一の熱を帯びた色として夜の冷たさに抗っている。


 彼女の瞳は、何かを見つめているようで、何も見ていないようでもあった。

 感情を押し殺したその表情には、言葉にできない重みが宿っていて、見る者の心に静かな波紋を広げている。


「『蒼の抱擁』の『薫』?!」

 それは、沙羅のよく知る人物に似ていた。

 火と水、生まれついての能力によるものなのか、二人は出逢ったときから反発し合う間柄だった。


「な、なんで、あなたがここに? 63階層にいるはずよね?!」

 レイド本隊。

 最精鋭で編成されたパーティは『火』の属性で占められている。

 『水』の彼女は参加できず、安全な――邪魔にならない——場所での待機が言い渡された。

 そのことで、大いに留飲を下げたのだから、間違いないはずだ。


「ああ。63階層ね。ええ。みんな、いたわ」

 なにか含みのある言い方だった。


「今はいないみたいな言い方ね」

「実際、いないのよ」

「え? いない? どういうこと?」

「ダンジョンに安全地帯はないんですって。あるのはモンスターを配置し忘れている忘れられた空間。思い出されたら、どうなると思う?」

 モンスターを配置される?

 襲われる?


「みんなは、どうしたの?」

「そうねぇ・・・」

 アゴに指をあてて、思案するようなしぐさ。

 思わせぶりな態度にイライラが募る。


「その辺、かしら?」

 手を振られた。

 この辺にいる?


「さっきから、何人か見てるでしょ?」

「ッ?!」


 まさか?

 まさかとは思う。


 しかし、同じ制服、言葉を発する。

 明らかに戦略・戦術を用いてくる思考力。

 なにより『河童』に感じていた想い。


 否定する要素よりも納得できることの方が多いことに気づかされる。

 でも、それはつまり?


「な、何人死んだっていうの?」

 予感はある。


「いまはいない」とは一人でも存在していたら使えない言葉。

 だから、覚悟はした。

 したつもりだ。


「あなたを入れて20人。もうじき19人になるわね」

「ば、バカなこと言わないで! 266人いたのよ?!」

 それが、あと20人って!


「あなたたち、いいえ、私たちはしてはいけないことをしたの。これは清算なのよ」

「清算? してはいけないこと?」

「ええ」

 空気がざわついた。

 もう馴染んでいた水が冷えていく。


「昨日、私たちは計算で人を殺した。救う手立てがあったのにね」

「それは!」

 気付かなかったのだ!

 そう言いたいのに言葉が出なかった。


 わかっている。

 誰より自分がわかっている。

「気付こうとしなかったのだ」と。


 特定の一人から、いかに目を逸らし続けていたか。

 常に『彼』にだけ、フィルターが掛かっていた。

 掛けていた。


 見ないし、声も聞かない。

 そんなことをしていた。

 言い繕えない最低の行為。

 でも・・・。


「それは!」

 私だけじゃない。

 全員同罪でしょ?!


 俯けていた顔を上げ、相手を睨みつけ・・・。


「ヒッ?!」

 喉の奥が引きつった。


 長く伸びた舌が目の前で波打っていた。

『薫』だったものの顔は白く、清潔そうだった白い上着は・・・赤く染まっていた。


「か、薫?」

「違うわ。いまの私は『縫緋まとい』。アカナメという妖怪」

 ニタリと笑った顔が近づいた。

 長い舌が、沙羅の輪郭をなぞるように動いた。


「あ、クッ!」

 体が痺れた。


 力が入らない。

 足が動くことを拒否している。

 まるで、一足先に妖怪の側についたかのように。


「私は人間の垢を食べる。垢、それは罪。だから私は、あなたの罪を味わっているの」

 蕩けるような微笑に、なぜか凄味が加わる。

 アカナメの舌が、まるで意思を持つ蛇のように、沙羅の頬をなぞり、耳の裏を撫で、首筋に絡みついた。


「人間はね、垢を溜めるの。見ないふりをして、擦り寄って、擦り切れて、それでも落とさない。だから、私が食べてあげるの」

 目を細め、アカナメはおいしそうに何かを啜っている。

 啜る音のたびに、沙羅は自分の何かが奪われていくのを感じていた。


 それは罪?

 それは意志?

 それは命?


 罪は軽くなり、意志は希薄となり、命が細くなっていく。

 指先が冷たくなり、胸の奥で灯っていた火が、ひとつ、またひとつと消えていく。

 悲鳴はなく、流血もなく、静かに、ただ静かに。

 命の灯が陰っていく。


「ゆっくり眠るといいわ。起きたら・・・仲良くできるかしらね?」

 体温を失っていく沙羅を抱えて、『薫』は優しく微笑んだ。


 沙羅の耳の奥で水音が鳴っていた。

 遠くで誰かが呼んでいるような気がした。

 でも、声は泡になって、すぐに消えた。


 残り19人。



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