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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第72話 流れを操る者

2/2

 


「な、なにしてるの?!」

 A小隊長が男子Bに詰め寄った。


 自分の手を見て、ぼうっと突っ立っていた。

 目をこすったりもしているが、そんなことは気にしていられない。

 顔を寄せたのに、距離感がわからないのか、平然と見返されて、A小隊長の方が顔を赤らめたりしている。


 ただ、詰め寄ったのには、それだけの理由がある。

 Aは全身ずぶ濡れで動きが鈍かった。

 それを河童が加速させ、A本人の意志よりも前進させた。

 ここまではわかる。


 おかしいのは男子Bの動きだった。

 Aが前進させられた、その瞬間。

 速度を上げ、力も入っていたように見えた。

 男子Bが敢えてAを斬りに行った。

 そうとしか見えなかったのだ。


「わ、わからない。俺にもわからない。止まろうとしたんだ! だけど、止められなかった。自分の身体じゃないみたいに!」

「?!」

 A小隊長の顔から血の気が引いた。

 脳裏に過るのは、流されたときのことだ。


 デバフとバフ、両方を使いこなす。

 そんなモンスターがいたら?


 敵にステータス向上のバフをかけるなんて、通常は考えられない。

 だが、相手は『妖怪』らしい。

 おかしなことでも、起こるかもしれない。


「あらあら、もうバレちゃった?」

 声がした。

 ひどく、沈んだ声だった。


「そこよ!」

 女子Aが指さした、その先には・・・。


「くッ!」

 明らかな人外がいた。


 水面が揺れた。

 赤い着物の塊が、浮いては沈み、こちらを見ていた。


 片目は灰色で丸く、もう片方は赤い組み紐の眼帯で隠されている。

 濡れた髪が頬に張り付き、首筋を伝う水滴が、まるで血のように見えた。

 それは祈りか、呪いか。 ただのモンスターではない。


 その姿は、誰かの記憶を写し取ったようなダルマだった。

 水面で沈んだり浮いたりしている。


「つんぷく・・・ダルマ?」

 女子Aの声が揺れている。

 ショックを受けているようだ。


「おばあちゃんの家にも、あるんだよ! 本物はどこかのお寺だけど。川を流れてきたダルマさんが病気を治してくれたんだって! だから、大切にしてるのに!」

 目を怒らせて、ダルマのようなシルエットを睨みつけている。


「病気を治してくれるいいダルマさんなんだよ!」

 怒気が迸る。

 イメージが違ったということか。


「落ち着いて! 相手はただのモンスターよ!」

 本物の妖怪ではないし、ましてや郷土の守り神なんかじゃない。


「あ、そ、そうだった!」

 気を取り直して女子Aが魔法の詠唱に入る。


 シャン!


 魔力が高まった瞬間、空気がねじれた。

 誰かが、見えない手で魔法をほどいたように。


「き、キャンセルされた?!」

 呆然とする女子A。

 そこから異状が続いた。


 シャン!


「目が!」

 『暗闇』。


 シャン!


「手が上がらない!」

 『麻痺』。


 シャン!


「力が入らない!」

 『弱体化』。


 シャン!


「お、重いっ!」

 『重圧』。


 シャン!

 ・・・・・・。


 バシャ!

 女子Aが水中に消えた。

 水の中に押し込まれ、抑え込まれたのだ。

 手を貸そうとするが・・・びくともしない。


「なっ! で、でも、術者を倒せば!」

 効果が切れるかも!

 水面で浮沈を繰り返すダルマに斬りかかった。


「え?」

 予想外な手応えがあった。

 躱される前提ぐらいのつもりで放った一撃だったのだ。


「人間ってコワイ、コワイ」

 声がした。

 背後から。


 背後にいる?

 なら、いま斬ったのは?


 目を落とす。

 男子Bと目が合った。

 水中なのに、目を見開いたままの目と。


 『認識阻害』。


「あ、ああ」

 言葉にならない。

 震えが止まらない。


「ほんと。ヒドイことするわぁ」

 ダルマは流れていく。

 つんぷく、つんぷく、と。


 残り、20人。


 ◇達磨ふよう視点◇


 ふようは怒っていない。

 悲しんでもいない。


 でも、それは『感じない』のではなく、『感じることをやめた』から。

 かつての自分が、誰かを守るために祈っていたように、今の自分は誰かを沈めるために祈っている。

 その祈りは、もう誰にも届かない。


「沈むのは、答えを持たない者。それだけのこと」


  ふようが『彼』に恋をしたのは、壊された者同士の共鳴。

 それは甘いものではなく、冷たい水のように静かで、深い。


 彼の孤独に触れたとき、自分の中の空洞が震えた。

 だから、彼の命令に従うことは、忠誠ではなく『理解』だった。


「わたしは、彼の孤独に触れた。だから、わたしは彼の刃になる」


 問いかけと沈黙。

 仲間が死にゆくその瞬間、ふようは問いかける。


 それは裁きではない。

 ただの問い。


「あなたは、誰かを守ろうとしていたの? それとも、自分を守ろうとしていたの?」


 答えられない者は沈む。

 それだけのこと。


「あなたは、何を得ようとしていたの? それは、誰かを犠牲にしてまで得る価値があったの?」


 迷いのない選択 ふようは迷わない。

 それは、正しさではなく選択だから。

 後悔もない。


 ただ、静かに流れていく。

 かつての祈りのように。


「私は、もう祈らない。願わない。救わない。それが、私の選んだ道」 


 手足を持たないのは、救うことをやめた証。

 ふようはもう、誰にも触れない。


 ◇A小隊長の心情◇


 斬った瞬間、彼女の中で何かが崩れる。

「なぜ、止まれなかった?」「本当に自分の意志じゃなかったのか?」

 頭では『操られていた』とわかっていても、心はそれを許さない。


「私の手が・・・あいつを・・・? 手は、そうだ、でも・・・!」


 私の身体は。

 私の意志は。

 境界が曖昧になっているのを感じていた。

 それが、恐怖と自己嫌悪を呼び込むのも。


 仲間を守る立場にある小隊長が、仲間を傷つけた。

 それは、彼女の中の『正しさ』を根底から揺るがす。


「私は、守るはずだったのに。それなのに、私の剣は・・・!」


 この罪悪感は、たとえ仲間が「仕方なかった」と言ってくれても消えない。

 むしろ、許されるほどに苦しくなる。

「次も、また誰かを斬ってしまうかもしれない」

 そう思った瞬間、彼女は自分の剣を信じられなくなる。

 それは、小隊長としての自信を根こそぎ奪う。


「私の剣は、まだ誰かを守れるのか・・・?」


 そして最後に残るのは、怒り。

 自分を操った存在への怒り。

 でも、それと同じくらい、自分自身への問いが残る。


「私は、本当に『認識阻害』されていたのか? ほんの一瞬でも、『斬ってみたい』と思ってなかったか?」


 この問いは、彼女を深くえぐる。

『操られた』という事実の中に、ほんのわずかでも「自分の意志」が混ざっていたのではないか―― それが、彼女にとって一番恐ろしい。


 ◇


 水の奥で、ふようは目を閉じたまま、沈んだ者に問いかける。


「あなたは、何を守ろうとしていたの?」


 その問いは、救いではなく、沈黙の中の裁きだった。


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