第72話 流れを操る者
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「な、なにしてるの?!」
A小隊長が男子Bに詰め寄った。
自分の手を見て、ぼうっと突っ立っていた。
目をこすったりもしているが、そんなことは気にしていられない。
顔を寄せたのに、距離感がわからないのか、平然と見返されて、A小隊長の方が顔を赤らめたりしている。
ただ、詰め寄ったのには、それだけの理由がある。
Aは全身ずぶ濡れで動きが鈍かった。
それを河童が加速させ、A本人の意志よりも前進させた。
ここまではわかる。
おかしいのは男子Bの動きだった。
Aが前進させられた、その瞬間。
速度を上げ、力も入っていたように見えた。
男子Bが敢えてAを斬りに行った。
そうとしか見えなかったのだ。
「わ、わからない。俺にもわからない。止まろうとしたんだ! だけど、止められなかった。自分の身体じゃないみたいに!」
「?!」
A小隊長の顔から血の気が引いた。
脳裏に過るのは、流されたときのことだ。
デバフとバフ、両方を使いこなす。
そんなモンスターがいたら?
敵にステータス向上のバフをかけるなんて、通常は考えられない。
だが、相手は『妖怪』らしい。
おかしなことでも、起こるかもしれない。
「あらあら、もうバレちゃった?」
声がした。
ひどく、沈んだ声だった。
「そこよ!」
女子Aが指さした、その先には・・・。
「くッ!」
明らかな人外がいた。
水面が揺れた。
赤い着物の塊が、浮いては沈み、こちらを見ていた。
片目は灰色で丸く、もう片方は赤い組み紐の眼帯で隠されている。
濡れた髪が頬に張り付き、首筋を伝う水滴が、まるで血のように見えた。
それは祈りか、呪いか。 ただのモンスターではない。
その姿は、誰かの記憶を写し取ったようなダルマだった。
水面で沈んだり浮いたりしている。
「つんぷく・・・ダルマ?」
女子Aの声が揺れている。
ショックを受けているようだ。
「おばあちゃんの家にも、あるんだよ! 本物はどこかのお寺だけど。川を流れてきたダルマさんが病気を治してくれたんだって! だから、大切にしてるのに!」
目を怒らせて、ダルマのようなシルエットを睨みつけている。
「病気を治してくれるいいダルマさんなんだよ!」
怒気が迸る。
イメージが違ったということか。
「落ち着いて! 相手はただのモンスターよ!」
本物の妖怪ではないし、ましてや郷土の守り神なんかじゃない。
「あ、そ、そうだった!」
気を取り直して女子Aが魔法の詠唱に入る。
シャン!
魔力が高まった瞬間、空気がねじれた。
誰かが、見えない手で魔法をほどいたように。
「き、キャンセルされた?!」
呆然とする女子A。
そこから異状が続いた。
シャン!
「目が!」
『暗闇』。
シャン!
「手が上がらない!」
『麻痺』。
シャン!
「力が入らない!」
『弱体化』。
シャン!
「お、重いっ!」
『重圧』。
シャン!
・・・・・・。
バシャ!
女子Aが水中に消えた。
水の中に押し込まれ、抑え込まれたのだ。
手を貸そうとするが・・・びくともしない。
「なっ! で、でも、術者を倒せば!」
効果が切れるかも!
水面で浮沈を繰り返すダルマに斬りかかった。
「え?」
予想外な手応えがあった。
躱される前提ぐらいのつもりで放った一撃だったのだ。
「人間ってコワイ、コワイ」
声がした。
背後から。
背後にいる?
なら、いま斬ったのは?
目を落とす。
男子Bと目が合った。
水中なのに、目を見開いたままの目と。
『認識阻害』。
「あ、ああ」
言葉にならない。
震えが止まらない。
「ほんと。ヒドイことするわぁ」
ダルマは流れていく。
つんぷく、つんぷく、と。
残り、20人。
◇達磨ふよう視点◇
ふようは怒っていない。
悲しんでもいない。
でも、それは『感じない』のではなく、『感じることをやめた』から。
かつての自分が、誰かを守るために祈っていたように、今の自分は誰かを沈めるために祈っている。
その祈りは、もう誰にも届かない。
「沈むのは、答えを持たない者。それだけのこと」
ふようが『彼』に恋をしたのは、壊された者同士の共鳴。
それは甘いものではなく、冷たい水のように静かで、深い。
彼の孤独に触れたとき、自分の中の空洞が震えた。
だから、彼の命令に従うことは、忠誠ではなく『理解』だった。
「わたしは、彼の孤独に触れた。だから、わたしは彼の刃になる」
問いかけと沈黙。
仲間が死にゆくその瞬間、ふようは問いかける。
それは裁きではない。
ただの問い。
「あなたは、誰かを守ろうとしていたの? それとも、自分を守ろうとしていたの?」
答えられない者は沈む。
それだけのこと。
「あなたは、何を得ようとしていたの? それは、誰かを犠牲にしてまで得る価値があったの?」
迷いのない選択 ふようは迷わない。
それは、正しさではなく選択だから。
後悔もない。
ただ、静かに流れていく。
かつての祈りのように。
「私は、もう祈らない。願わない。救わない。それが、私の選んだ道」
手足を持たないのは、救うことをやめた証。
ふようはもう、誰にも触れない。
◇A小隊長の心情◇
斬った瞬間、彼女の中で何かが崩れる。
「なぜ、止まれなかった?」「本当に自分の意志じゃなかったのか?」
頭では『操られていた』とわかっていても、心はそれを許さない。
「私の手が・・・あいつを・・・? 手は、そうだ、でも・・・!」
私の身体は。
私の意志は。
境界が曖昧になっているのを感じていた。
それが、恐怖と自己嫌悪を呼び込むのも。
仲間を守る立場にある小隊長が、仲間を傷つけた。
それは、彼女の中の『正しさ』を根底から揺るがす。
「私は、守るはずだったのに。それなのに、私の剣は・・・!」
この罪悪感は、たとえ仲間が「仕方なかった」と言ってくれても消えない。
むしろ、許されるほどに苦しくなる。
「次も、また誰かを斬ってしまうかもしれない」
そう思った瞬間、彼女は自分の剣を信じられなくなる。
それは、小隊長としての自信を根こそぎ奪う。
「私の剣は、まだ誰かを守れるのか・・・?」
そして最後に残るのは、怒り。
自分を操った存在への怒り。
でも、それと同じくらい、自分自身への問いが残る。
「私は、本当に『認識阻害』されていたのか? ほんの一瞬でも、『斬ってみたい』と思ってなかったか?」
この問いは、彼女を深くえぐる。
『操られた』という事実の中に、ほんのわずかでも「自分の意志」が混ざっていたのではないか―― それが、彼女にとって一番恐ろしい。
◇
水の奥で、ふようは目を閉じたまま、沈んだ者に問いかける。
「あなたは、何を守ろうとしていたの?」
その問いは、救いではなく、沈黙の中の裁きだった。
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