第68話 軽めの女と重い足
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「はぁはぁ」
「な、なんとか逃げられたか?」
「そうみたい。でも・・・」
「問題は合流か」
ダンジョンの深層65階層。
二人きりで乗り越えられる状況ではない。
何よりも、まず考えるべきは、散り散りになった仲間との合流だった。
ともかく、仲間を増やす。
それが全て。
顔を見合わせて、頷き合う。
認識と方針が一致した。
「どっちに行くか、だな」
来た道には戻れない。
そうすると、彼らの進める道は、夢中で逃げ込んだ横道の奥。
もしくは、右側に見える脇道。
「誰かと合流するためなら・・・右じゃない?」
全員が同じ通路から左右か前後に逃げたはず。
なら、元の道と平行に伸びている右への通路を選ぶべき。
女子Dがそう言った。
男子Dも頷こうとする。
そこへ・・・。
『たすけて』
声が聞こえた。
通路の奥からだった。
「声、したよな?」
「女の子の声、よね?」
幻聴ではないか?
お互いに確認しあう。
「行ってみるか」
「う、うん」
二人は奥へ、ゆっくりと歩き出した。
『助けて!』
通路の奥に少女がいた。
床に這いつくばるようにして、両腕で身体を支えている。
『あしが、足が!』
必死な様子で訴えてきた。
「足を痛めたのか、待ってろ。いま」
急いで手を貸そうと駆け寄る男子D。
その背中に、女子Dの声が届く。
「ねぇ。その子、だれ?」
自分たちと同じ人間に『見える』。
制服も着ている。
だけど、見覚えがない。
少なくとも、65階層へ来たときの24人ではなかった。
「え、君・・・は?」
男子Dの目が倒れている女の足を・・・『見なかった』。
「え、足?」
『うん。そうだよ』
腕が男子Dを掴んだ。
『足が無くなっちゃったの』
言い切った少女が、男子Dの服を頼りによじ登り、のしかかった。
『私、軽いでしょ?』
みぞおちから上しかない女がニタリと笑う。
感情が抜け落ちたような瞳が見開かれ、男子Dを見つめている。
手に刃の薄いナイフが握られていた。
「あ、ぐぅ!」
彼の声が、喉の奥で折れた。
ナイフは、見えなくなった。
それは痛みではなく、『重さ』となった。
男子Dが膝をつく。
床が揺れているようだった。
「あ、あ、あ」
断続的に声を出すだけの女子Dを振り返った。
「助けてくれ!」
その男子Dの背後で、嬉しそうに笑っている少女。
制服の裾は空っぽのまま揺れていた。
鳩尾の下は白い包帯に覆われ、そこから泡のような光が静かに漏れていた。
彼女の顔は穏やかだったが、表情と言えるものが無い。
まるで、もう何も求めていないように虚ろだった。
なのに、ダンジョンが息をするたびに、ぱっつん前髪+セミロングのストレート髪が床を撫でる。
その髪は、風に靡いていた頃を思い出そうとしているようだった。
「ひぃっ!」
女子Dは逃げ出した。
全力での疾走。
瞬く間に見えなくなった。
『あらあら。嫌われちゃった? 大丈夫よ、私がいるわ』
少女の体温が男子Dを、そっと包み込んだ。
◇園下ひろ視点◇
彼が逃げようとしている。
でも、もう遅い。
わたしの腕は、彼の足に届いていた。
かつて私も持っていた、その足。
今は、震えている。
「怖いの?」
そう問いかけたかった。
でも、声は出さない。
『園下ひろ』の名で行動するときのわたしはもう、『問いかける者』ではない。
彼の顔が、わたしを見ていない。
見ないようにしている。
それが、痛かった。
「見てよ。わたしの足を、わたしの誇りを、わたしの名前を」
でも、彼は見ない。
無いからではなく、「見たくない」から。
それは当然の。
だけど、哀しい拒絶。
だから、わたしは『奪う』ことにした。
彼の命。
彼の視線。
彼の記憶。
ぜんぶ、わたしのものにする。
それが、愛だと思った。
それが、誇りの最後の使い道だと思った。
わたしは、彼の足を掴み、引きずる。
その足が、わたしの足に似ている気がして、少しだけ泣きそうになった。
ねぇ、この足はどれくらい早かった?
どのくらい高く飛べたの?
土を蹴るときの感触は覚えている?
ほら、親指がある。
ふふ、少し爪が伸びてるよ?
人差し指。
不思議だと思わない?
足の指で、人なんて、指ささない、よね?
ふふ、おかしい。
中指。
真ん中の指。
中心にあってバランスをとるんだね。
ふふ、ちょっと下向きに曲がってない?
薬指に小指。
細くてちっちゃいけど、とっても大事。
うふふ、ないと転んじゃうよ?
くるぶし、あはっ、かわいいね?
足首、うふふ、男の人でも細いんだ?
脛、細いとこからどんどん太くなる。あふ、しっかりしてるね?
ひざ、丸さが好き。裏から見た筋肉の張りが好き。
太腿、太くて逞しい。私が持ってたウエストより太くない?
全部好き。
大好き。
大好きだったけど、・・・もうないんだ。
でも、涙は出ない。
もう、出せない。
わたしは、もう人間じゃないから。
◇男子D視点◇
逃げた女子Dの背中が、もう見えない。
声は届かなかった。
「なんで・・・」
彼女の顔も、制服も、瞳も、全部が『人間』に見えた。
でも、違った。
包帯の下から漏れる泡の光が、床を染めていく。
足が掴まれて、なんかやたらと優しく扱われている。
大切にされている。
「逃げたのが人間で・・・抱きしめてきてるのが・・・妖怪? ふふ、変なの!」
それが、最後の言葉だった。
笑っていたのか、泣いていたのか——誰にもわからない。
闇が、静かに彼を包み込んだ。
◇
『ほら、ね? あたたかい』
優しい囁きとともに、二人は闇に溶けていった。
残り、23人。
◇
女子Dは、走りながら、誰かの名前を呼んだ。
それは、自分がまだ『人間』であることを、確かめるための声だった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




