第65話 疑惑から、分断へ②
遅くなりました。
1/2
「埒が明かない。なら、直接聞こう」
リーダーの声は低く、しかし揺るぎなかった。
「このままじゃ隊が崩れる。お前たちの言葉が、隊列を裂いてるんだ。ここで止めないと、レイドは失敗。何もかもが意味をなくすことになる」
女小隊長Aも一葉も、言葉を止める。
その場に、緊張が走る。
呼び出されたのは――『先駆けB班』の班長。
泥にまみれた装備のまま、彼女は姿を現した。
その顔には疲労と、わずかな警戒が浮かんでいた。
「質問するわ」
一葉が、静かに口を開いた。
その声は冷たく、鋭い。
まるで水面に落ちる氷の刃。
「あなたたちは、A班が『全滅したかもしれない』と言っていたわね」
「ええ、そうです」
「でも、あなたたちがその『噂』を流した可能性は?」
班長の目が揺れる。
「それは・・・違います。状況的に正しいと思われる判断です。正規の報告でしかA班のことは上げていませんから『噂』と言われるのは心外です」
「じゃあ、誰が?」
「それは・・・わかりません」
「わからない? それでよく『誤解を解きに来た』なんて言えたわね」
一葉の言葉が、じわじわと彼女を追い詰めていく。
「・・・やめた」
その声は、静かだった。
でも、誰よりも重く響いた。
先駆けB班の班長は、俯いたまま、ゆっくり顔を上げた。
その瞳には、疲労と諦め、そして――深い絶望が宿っていた。
「もういいわ。私はレイドを降りる」
場が静まり返る。
誰もが言葉を失った。
「とてもじゃないけど、命を預けられない。疑念が渦巻いて、誰が敵で誰が味方かもわからない。こんな状態で、最奥に挑むなんて――自殺行為よ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
一葉も、女小隊長Aも、リーダーですら。
班長は、ゆっくりと視線を巡らせた。
その目は、鋭く、冷たく、そして――痛々しいほどに傷ついていた。
「あなたも」
一葉に向けて。
「あなたも」
A隊長に向けて。
「そして、あなたも」
リーダーに向けて。
「誰も、信じられない」
その言葉は、まるで水面に落ちた重石。
静かに、でも確実に、隊の空気を沈めていく。
班長は、何も言わずに背を向けた。
足音だけが、静かに響く。
その背中には、戦う意志も、怒りもなかった。
ただ、疲れ切った探索者の姿があった。
扉が閉まる音が、遠く響いた。
その瞬間、レイドの空気が――確かに、変わった。
「俺たちは、進む」
レイドリーダーの声が、静かに響いた。
その言葉は、決意というよりも――疲れの中で絞り出された覚悟だった。
B班の班長が隊に戻ると、メンバーに事の次第を説明した。
待機していたメンバーたちは顔を見合わせ、そして次々に頷いた。
「俺も降りる」
「もう限界だ」
「ここに残るよ」
誰も声を荒げない。
怒りも、抗議もない。
ただ、静かに、同調していく。
B班は、ここに留まることを選んだ。
それは敗北ではなく、限界の認知だった。
レイドリーダーは、彼らの背中を見つめながら、ゆっくりと振り返る。
そして、本隊のメンバーたちに向けて、はっきりと口にした。
「さっさと目的を果たして、地上へ戻ろう。みんな疲れているから、こうなるんだ」
その言葉に、一葉が静かに頷いた。
女小隊長Aも、何も言わずに視線を落とした。
64階層の最奥。
そこに待つ目的物。
それを手に入れれば、すべてが終わる――はずだった。
でも、誰もがわかっていた。
この遠征は、ただの探索じゃない。
信頼の崩壊と、感情の濁流を乗り越える旅だった。
レイドリーダーの背中に、疲れが滲んでいた。
それでも、彼女は歩き出す。
濁った水を踏み越えて、最奥へ向かって。
◇
「・・・せいぜい、痛い目に遭うがいいわ」
誰にも聞かれないように、吐き捨てるように呟いた。
レイド本隊が遠ざかっていく背中を見送りながら、B班リーダーは拳を握りしめる。
「信じられるものなんて、最初からなかったんだ――ッ!?」
そのときだった。
背後に、気配。
「・・・誰だ?」
振り返る。
そこに立っていたのは――死んだはずの人物だった。
「やあ、久しぶり」
その声は、あまりにも自然で、あまりにも明るかった。
まるで、何事もなかったかのように。
だが、その瞳。
闇色に染まった瞳が、すべてを否定していた。
「・・・お前、死んだはず・・・」
「うん、死んだよ」
にこやかに、まるで冗談のように言う。
その笑顔が、異様だった。
温度がない。
感情がない。
ただ、形だけの『笑顔』。
「でもね、君たちが『見捨てた』おかげで、こうして戻ってこれたんだ」
「・・・何を言って・・・」
「だから、礼を言いに来たんだよ。『痛い目』って、どんなのがいいと思う? 君が望むなら、特別に見せてあげるよ」
その瞬間、空気が変わった。
冷たい。
重い。
まるで、深海に引きずり込まれるような圧。
B班リーダーは、言葉を失った。
目の前の『それ』は、もう人ではなかった。
かつての仲間の姿をしているだけの、何かだった。
「さあ、始めようか。君の『痛み』から」
笑顔のまま、影が一歩、近づいた。
◇
「さあ、始めようか。君の『痛み』から」
その言葉に、空気が凍った。
笑顔のまま近づく『影』に、B班リーダーは身を強張らせる。
だが――
「なんてね」
その声は、あまりにも軽かった。
まるで、冗談のように。
だが、頬に触れた指先は、冷たくて――生々しかった。
『影』は一歩、距離を置いた。
そして、静かに言った。
「今回のレイドは明らかな失敗だ。企画した大人たちには、責任を取ってもらう。地上に戻ったら、学校ごと訴えよう」
その言葉に、B班メンバーたちは息を呑んだ。
驚愕。
混乱。
そして――納得。
「・・・確かに、限界だった」
「誰も守ってくれなかった」
「命を預けるには、あまりにも危うかった」
一人、また一人と頷いていく。
その表情には、怒りよりも疲れが滲んでいた。
でも、その疲れの奥に――静かな炎が灯っていた。
「証言は揃ってる」
『影』が言う。
「記録もある。通信履歴も、映像も、全部残ってる」
「・・・本当に、訴えるのか?」
B班リーダーが問う。
『影』は、にこりと笑った。
「もちろん。これは『復讐』じゃない。『清算』だよ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
◇
「命を奪うだけが復讐ではないさ。あ、命『も』貰うけどね。ふふっ」
63階層の『拠点』に戻ったカルマが、誰に言うでもなく呟いた。
死ねばそれで許される時代は終わった。
未来永劫、不名誉を背負うがいい!
歴史が彼らを記憶する。
歴史が彼らを断罪し続ける。
それが、本当の復讐だ。
「それにしても、みんな『役者』だね」
それぞれが、自分で自分に役を割り振って演じていた。
彼ら、彼女らは気付くべきだった。
『自分たち以外』の敵意がある可能性を。
そうしていれば、団結できた。
絆を強められた。
少なくとも失うことはなかったはずだ。
カルマに言いように踊らされることはなかったはずだ。
なのに、結果として戦力を分断した。
266人を数えたレイド遂行人員は、今や本隊24人だけとなったのだ。
◇
「で、ついに来たわけだ」
『時』が来ていた。
「新たな劇場、仕掛け満載の舞台、多様な舞台装置。新時代の幕開けだ!」
主力の分断に勤しんでいる間に、悠や友梨先輩が頑張ってくれて、『マナポイント』が溜まっていたので、『ダンジョンポイント』に変換。
レベルアップした。
『『ダンジョンレベル』が70となりました。レベル70までのモンスターを作成可能です。このレベル帯のモンスターの配置位置を変更できます。また、新たに65階層から70階層までを作成可能となります』
「おお。追加できるんだ?」
『可能です。『ダンジョンポイント』を消費しての作成が可能です』
「あー、ポイントかぁ」
と、カルマは苦笑した。
「いくら?」
『一階層に50000ポイントです』
少な!
レベル上げと比べるとすごい少ない。
高レベルモンスター並みと言っていい。
「それなら気楽に作れるな」
レベルを上げるのに百万ポイント越えだったからな。
『ソウルポイント』もいらない。
『マナポイント』は常時増加中。
気楽に作っていけそうだ。
『テーマ』は『学園祭』、『属性』は『妖怪』。ダンジョンの内装は『学校』。
「感情が転がる廊下、記憶の保存された教室、在りもしない思い出の欠片たち。廃坑になった木造校舎で行ってみよう!」
とりあえず、5階層分を丸々学校にしてしまおうじゃないか。
「在りし日の激情、忘れ去ったはずの記憶、紡がれなかった思い出。掘り起こし、暴いて、生み出そう」
カルマはノリノリで設計に入るのだった。
読了・評価。ありがとうございます。




