第64話 疑惑、そして分断へ①
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「・・・帰還、だと?」
レイドリーダーは、報告を受けた瞬間、言葉を失った。
先駆けB班。
先行しているはずの班が、何の前触れもなく戻ってきた。
しかも、掲示板で噂されていた『目的物独占』の疑惑を否定するために。
「おかしい・・・」
一葉が隣で呟いた。
その声は震えていた。
驚きではない。
恐れでもない。
疑念だった。
「彼らが本当に濡れ衣を晴らすためだけに戻ってきたなら、もっと早く動いてるはずよ」
「それに、女小隊長Aと連絡を取ってたのも気になる」
一葉も、リーダーの声も低く、硬い。
「変よね。A隊長がB班の動きを個人チャットで把握してたなんて」
沈黙が落ちる。
二人の間に、言葉よりも濃い空気が流れた。
「・・・裏で何かが動いてる」
リーダーの言葉に、一葉は目を細めた。
「B班が仕掛けたのか、それともA隊長が操ってるのか。もともとの疑惑の通りA班が健在なのか。どちらにしても、私たちが狙われてる可能性は高い」
「サブリーダーが消えた直後に、これだ。タイミングが良すぎる。いや、悪すぎる」
一葉は、スマホを握りしめた。
画面には、B班の帰還報告と、A隊長への『警告』が並んでいた。
それぞれが別の発信者からのものだ。
つい数時間前まで、チャットに動きはなかった。
全員が戦場にいるようなものだからだ。
浮ついた噂話が飛び交うことなどなかった。
それが、今や饒舌だった。
まるで、誰かが意図的に情報を操作しているように。
「信じられるのは、もう・・・」
リーダーは言葉を濁した。
一葉は、静かに答えた。
「自分の目だけよ」
その瞬間、二人の間にあった信頼に、うっすらと線が引かれた。
濁った水底に沈む真実は、まだ誰の目にも映らない。
でも、波は確実に立ち始めていた。
◇
「・・・少し、いいかしら?」
女小隊長Aが振り返ると、そこに一葉が立っていた。
表情は穏やか。
声も柔らか。
でも、その瞳だけが、氷のように冷たかった。
「先駆けB班と、連絡を取っていたそうね」
一葉の言葉は、まるで水滴が静かに落ちるような響きだった。
だが、その一滴が、確実に波紋を広げていく。
「ええ、状況確認のためよ。レイドの進行に関わることだから」
A隊長は平然と答える。
だが、一葉は一歩、距離を詰めた。
「状況確認、ね。じゃあ、なぜ私に報告しなかったの? 私は幹部じゃないとでも? それとも、私が『関係者』だから?」
A隊長の眉がわずかに動いた。
一葉は見逃さなかった。
「あなたがB班と連絡を取っていたこと、リーダーには伝えたわ。それに、あなたが私の動きを『警告』として他の隊に流していたことも」
空気が重くなる。
周囲の視線が、少しずつ集まり始める。
「何が目的だったの? 私を排除するため? それとも、あなた自身の立場を守るため?」
A隊長は口を開きかけたが、一葉が先に続ける。
「私は、あなたを敵だとは思っていなかった。でも、あなたは私を『危険因子』と見なした。その判断、何を根拠にしたの?」
言葉は静か。
でも、逃げ場のない圧力が、じわじわと迫ってくる。
「あなたの動きが早すぎるのよ。誰だって警戒する」
一葉の動きが、いちいち的確なことを指摘した。
まるで、『すべてをわかっていて、役を演じているようだ』と。
シナリオ通りの動きだと。
「警戒? それって、確かな根拠があるの? それとも、ただの憶測や願望? 期待にすぎないんじゃない?」
「・・・誤解よ。私はただ、隊の安全を——」
「安全のために、裏で情報を操作するの? 安全のために、私を孤立させるの?」
一葉の声が、少しだけ鋭くなった。
それでも、感情は見せない。
冷静に、執拗に、問いを重ねる。
「あなたが信じていたのは、誰? B班? それとも、サブリーダー? そして今、私を信じる理由はある?」
A隊長は、言葉を失っていた。
一葉は、最後に一歩だけ近づいた。
「私は、敵じゃない。でも、敵にされたなら――それなりの対応をするわ」
その言葉は、宣言だった。
静かな水面に落ちた一滴が、やがて濁流になる予兆。
一葉は、背を向けて歩き出した。
残されたA隊長の胸に、冷たい波が打ち寄せていた。
◇
「・・・誰も、信用できない」
一人になった瞬間、女小隊長Aは小さく呟いた。
その声は誰にも届かない。
でも、自分の中では確かな響きを持っていた。
リーダー。
あれほど冷静で、公平だったはずの人。
でも今は、一葉の肩を持っている。
サブリーダーが消えた途端、態度が変わった。
まるで、最初から一葉を守るつもりだったかのように。
「本当に、彼は中立だったの?」
サブリーダー。
強引で、感情的で、でも確かに隊を引っ張っていた。
その彼女が、突然姿を消した。
そして、裏で誰かと会っていたという噂まである。
「何を隠していたの?」
そして、一葉。
冷静で、理性的で、でもあまりにも『動きが早すぎる』。
情報の流れを把握し、先手を打ち、告げ口までしてくる。
まるで、すべてを見通しているかのように。
「彼女が、ただの立ち位置が曖昧過ぎる」
疑念が、胸の奥で渦を巻く。
誰が本当のことを言っているのか。
誰が、裏で何を企んでいるのか。
「私が、間違ってるの?」
そう思いたくない。
でも、信じていた人たちが、次々と『別の顔』を見せてくる。
その顔が、本物なのか仮面なのか・・・もう、わからない。
「・・・なら、私も仮面をつけるしかない」
女小隊長Aは、静かに端末を開いた。
そして、いくつかの連絡を始める。
表向きは進行確認。
でも、その裏には・・・情報の網が張られていた。
信じられないなら、確かめるしかない。
誰が敵で、誰が味方か。
その答えを見つけるために、彼女は動き出す。
◇
「あなた、何を隠してるの?」
女小隊長Aの声が、静かに響いた。
だがその静けさは、嵐の前の静けさだった。
「隠してる? それはあなたの方じゃないの?」
一葉は、眉ひとつ動かさずに応じる。
「私は、隊のために動いてる」
「私もよ」
「じゃあ、なぜ私の足をすくおうとしているの?」
言葉がぶつかる。
どちらも冷静を装いながら、内側では激流が渦巻いていた。
「B班と連絡を取っていたのは事実。でも、それを『裏切り』と決めつけるのは早計じゃない?」
「じゃあ、なぜ私を警戒するようなメッセージを流したの?」
「あなたの動きが不自然だったからよ」
「不自然に見せられていたとしたら?」
沈黙。
一瞬の間に、空気が張り詰める。
そこに、リーダーが割って入った。
「やめろ。今は争っている場合じゃない」
だが、その言葉に女小隊長Aが噛みつく。
「あなたが一葉を特別扱いしているから、こうなってるの! 場を収めたいだけなのなら引っ込んでいてちょうだい!」
「特別扱いなんてしていない」
「じゃあ、なぜ彼女の告白を信じて、私の報告を疑うの?」
リーダーの顔が曇る。
その隙を、一葉が補うべく反撃に移る。
「私の言葉に証拠があったからよ。あなたの言葉には、ただの『警告』しかなかった」
「証拠? あなたの『涙』が証拠になるの?」
「じゃあ、あなたの『警戒心』は何の証拠になるの?」
言葉が鋭く交差する。
まるで刃のように、互いの信頼を切り裂いていく。
「もうやめろ!」
リーダーの怒声が響いた。
だが、誰も止まらない。
疑念はすでに、言葉では止められないほど膨れ上がっていた。
「誰かが仕組んでるのよ」
「じゃあ、それは誰?」
「・・・あなたじゃないの?」
その瞬間、空気が凍りついた。
疑念が、ついに『敵意』へと変わった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




