第62話 崩壊する関係
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「なんであなたが彼と二人きりなの!」
怒声が空気を裂いた。
振り返ると、サブリーダーが立っていた。
肩を震わせ、目を見開いて、怒りに満ちた顔。
その視線は一葉に向けられていた。
「答えなさいよ! 一体どういうつもりなの!」
一葉は、ほんの少しだけ首を傾けて微笑んだ。
その笑顔は、挑発でも反抗でもない。
ただ、冷静だった。
「彼が一人だったから、声をかけただけよ。それとも、誰かと話すのにあなたの許可がいるの?」
その言葉に、サブリーダーの顔がさらに紅潮する。
怒りが膨れ上がり、言葉が追いつかない。
リーダーは、ただ黙って二人を見ていた。
サブリーダーの怒りは、正当なもののはずだった。
でも、今の彼女は――感情に飲まれていた。
そして、脳裏にはあの映像がよぎる。
密会。
笑顔。
触れ合い。
「・・・落ち着けよ」
リーダーの声は低く、静かだった。
サブリーダーが驚いたようにこちらを見る。
その目には、怒りと戸惑いが混ざっていた。
「あなた、私の味方じゃないの?」
問いかけに、すぐには答えられなかった。
一葉は、何も言わずにリーダーの横に立った。
その距離が、妙に自然だった。
サブリーダーの声は震えていた。
「まさか・・・この子の肩を持つの?」
リーダーは、答えなかった。
ただ、一葉の冷静さと、サブリーダーの激情を見比べていた。
そして、心の中で、何かが静かに傾いていくのを感じていた。
信頼とは何か。
絆とは何か。
そして、今、誰を信じるべきなのか。
その答えは、まだ出ていなかった。
でも、天秤は――確かに、一葉の方へと傾き始めていた。
サブリーダーは、震える手でスマホを取り出した。
怒りに任せた動きではない。
その目は、今度こそ冷静だった。
「あなたが、どんな顔で彼に甘えていたっていいわ。でも――これは、どう説明するの?」
画面に映っていたのは、一葉だった。
制服姿で、誰かに小瓶を手渡している。
そのラベルには、見慣れた文字があった。
『エリクサー』
空気が変わった。
さっきまでの口論が、急に重くなる。
一葉は、画面をちらりと見ただけで、すぐに視線を戻した。
「それ、どこから手に入れたの?」
声は落ち着いていた。
でも、その瞳の奥に、わずかな焦りが見えた。
リーダーは、言葉を失っていた。
「横流しの証拠よ。あなたが何をしていたか、これで全部わかる」
サブリーダーの声は、静かに刺さるようだった。
怒りではなく、確信。
そして、勝利の予感。
一葉は、ほんの少しだけ笑った。
「それがどうしたの? 私が何か違法なことをしたっていう証拠にはならないわ。ただの物の受け渡しよ。それに、あなたがこれを持ってるってことは――誰かがあなたに渡したってことよね?」
その言葉に、サブリーダーの眉がぴくりと動いた。
リーダーは、二人のやり取りを見つめながら、心の中で何かが崩れていくのを感じていた。
信じていた人が、嘘をついていた。
でも、もう一人も、何かを隠している。
この場にいる誰もが、完全に信用できない。
それでも―― 一葉の冷静さと、サブリーダーの執着の差が、天秤をさらに傾けていく。
「・・・一葉、話がしたい。二人きりで」
その言葉に、サブリーダーが目を見開いた。
一葉は、静かに頷いた。
そして、サブリーダーの視線は、痛みと怒りで濁っていった。
一葉は、スマホを取り出して画面を見せた。
そこには、先ほどサブリーダーが見せたものと同じ動画が映っていた。
制服姿の自分が、小瓶を手渡す瞬間。
「これ、私のところにも送られてきたの。匿名で、『気をつけて』って一言だけ添えられて」
リーダーは眉をひそめた。
一葉は、静かに続ける。
「きっと、サブリーダーが裏で動いた結果よ。誰かと結託して、私を排除しようとしてる。 そう考えるのが自然じゃない?」
その言葉に、リーダーの胸がざわついた。
『結託』――その響きが、記憶の奥に沈んでいた映像を引き上げる。
密会動画。
サブリーダーが、顔の見えない男と接触していたあの映像。
甘い距離。
笑顔。
そして、何かを手渡していたような仕草。
あれは、ただの裏切りじゃなかったのかもしれない。
『協力者』だったのかもしれない。
「・・・まさか」
リーダーは、思わず呟いた。
一葉がこちらを見つめる。
その瞳は、揺れていない。
むしろ、確信に満ちていた。
「私を落とすために、誰かが誰かと手を組んだ。それが、あなたの恋人だったとしたら――どうする?」
問いかけは、静かに刺さる。
リーダーは答えられなかった。
心の中で、天秤がさらに傾いていくのを感じていた。
信じていたものが、崩れていく。
そして、崩れた先に立っていたのは――一葉だった。
一葉は、静かに息を吸った。
そして、震える声で語り始めた。
「・・・私、横流ししてたのは事実よ。でも、それは・・・どうしても、どうしても必要だったの」
リーダーは黙って耳を傾けていた。
一葉の目には、涙が滲んでいた。
それでも、彼女は言葉を止めなかった。
「親の借金が、もう限界だった。あと少しで完済できるってところまで来ていたの。だから・・・一瓶でも、横流しに回したかった」
その言葉に、リーダーの胸が締め付けられる。
一葉は、拳を握りしめて続ける。
「でも・・・そのせいで、必要だったはずの人にすら渡せなかった。命を救えるはずだったのに・・・私、渡さなかったの」
涙が頬を伝い、制服の襟元に落ちる。
その姿は、いつもの冷静な一葉ではなかった。
罪を背負い、後悔に沈む、ただの少女だった。
「私が殺したようなものなの。わかってる。でも、それでも・・・生きるためだったの」
リーダーは、言葉を失っていた。
サブリーダーの密会映像が脳裏にちらつく。
あれは、誰かと結託して一葉を追い詰めるためのものだったのか。
そして今、目の前で涙を流す彼女は――自分の罪を隠さず、語っている。
どちらが本当の顔なのか。
どちらが、信じるに値するのか。
リーダーの心の天秤は、静かに、確かに――一葉の方へと傾いていった。
一葉の涙が静かに落ちる中、背後で何かが軋んだ。
振り返るまでもなく、そこにいたのはサブリーダーだった。
壁の影に身を潜め、聞き耳を立てていたのだろう。
その顔は、怒りと焦りに染まっていた。
「ふざけないで・・・!」
叫びと同時に、サブリーダーが一葉に向かって駆け出す。
その動きは、もはや冷静さを欠いていた。
武器も証拠も、もう彼女には残っていない。
残されたのは――実力行使という暴挙だけ。
「あなたなんかに、負けるはずがないのよ!」
リーダーは咄嗟に一葉の前に立った。
サブリーダーの手が宙を裂く。
その勢いに、空気が震えた。
「やめろ!」
声が響く。
サブリーダーの動きが止まる。
その目が、リーダーを見つめる。
怒りと、悲しみと、そして――絶望。
「どうして・・・あなたまで、あの子の味方をするの?」
問いかけは、震えていた。
リーダーは、答えなかった。
ただ、静かに一葉の肩に手を置いた。
サブリーダーは、崩れるようにその場に膝をついた。
彼女の目には、涙はなかった。
あるのは、敗北の色だけ。
確実に排除できると思っていた。
でも、気づけば自分が排除される流れになっていた。
そして、もう――武器は残っていなかった。
リーダーは、口を開こうとした。
何かを言わなければ。
このままでは、彼女が壊れてしまう。
そう思った瞬間――サブリーダーが立ち上がった。
その動きは、ゆっくりだった。
でも、確実だった。
そして、彼女の目が一葉を捉える。
その瞳には、涙も怒りもなかった。
ただ、冷たい光だけが宿っていた。
「絶対許さない。・・・殺してやる」
声は、静かだった。
叫びでも、怒鳴りでもない。
まるで、天気の報告でもするかのような口調だった。
一葉は、微動だにしなかった。
リーダーも、言葉を失っていた。
その場の空気が、一瞬で凍りついた。
サブリーダーは、誰にも触れず、誰にも振り返らず、ただその場を去っていった。
足音だけが、静かに響いていた。
残されたのは、一葉の涙と、リーダーの沈黙。
そして、空気の中に残る――宣告の余韻。
◇
「意外だったな。ここに来るのは一葉の予定だった」
意外と言いながら、笑うような響きが宿っている。
サブリーダーは、あの部屋にいた。
本隊とはもう行動を共にできない。
身を寄せられるのはここだけだった。
「一葉狙い、だったの?」
驚いた様子もなく迎えた男に、問う。
「どうかな? 少なくとも、今回の一手で排除されるのは一葉だと思っていたってこと」
「そう」
だとしたら、こいつを責めるのはお門違いだ。
一葉を貶めるのに手を貸してくれていたのは、本当なのだろうから。
「一葉をどうしたかったの?」
「とりあえず、八つ裂きかな?」
「!? ・・・そう。なら、それは私にやらせてちょうだい。チャンスを作ってくれれば、私がっ・・・」
殺す!
触れられそうな殺気がほとばしった。
「わかった。一葉を殺す役は君にあげるよ」
・・・契約が、成立した。
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