第61話 告発されそうな女
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「は? なにこれ?」
一葉はスマホ画面を食い入るように見つめて、動きを止めていた。
半月前の自分が映っている動画だった。
発信者は友達登録をしてはいるが、直に話した記憶のない人物。
添えられたメッセージには「こんなのが流れているよ」とある。
発信者は他にいるってことになる。
いや、それはブラフかも?
でも、他の者がいると見せかける意味は?
自分が主体だと言って脅してくるのならわかるが、そうでないと思わせるメリットってある?
・・・・・・。
違う!
そこじゃない!
混乱しそうになるが踏みとどまる。
重要なことは、この映像が特定か不特定かは別にして出回っているということだ。
「あと少しで完済できるのに!」
一葉が『エリクサー』を横流しに同意し、協力しているのは親の負債があるからだった。
あまりに多額のため、『探索者』と言えど、まともな方法では返せない。
返せないなら・・・と一葉に結婚の話が来てすらいる。
両親の元パーティメンバー、母を守ろうとして深手を負い助からなかった女性の婚約者。
それが債権者なのだ。
婚約者の死亡に対する損害やらなにやらの負債を、娘の一葉を差し出すならなかったことにしてやる。
などと言っているらしい。
あくまでも「そうなれば」親子だ。
金の貸し借りで揉めることはなくなる。
そういう言い方だが、意味は同じだ。
両親は乗り気のようだった。
このままではマズい。
そう思って、手っ取り早く稼ぐ方法を担任に相談。
出てきた提案が『エリクサー』の横流しである。
他校の知り合いに話をつけてやると言われて同意した。
以来、共犯関係を続けている。
要求がどんどんエスカレートしてきていて、そろそろ何とかしたいと思い始めてはいたところだった。
ただ、あと少しで貯め込んだお金が、負債全額を上回る目標額に届く。
それまでの我慢と、次が最後の取引と決め、話をつけていた。
レイドの成功もある。
そうなれば世間の目も集まるだろう。
リスクは避けようということで見解も一致していた。
平和的に解決するはずだったのだ。
なんで、最後の最後でこんなことに?
言いしれぬ焦燥に喘ぐ一葉に、別のメッセージが届く。
匿名性のある掲示板で、カルマに『エリクサー』を使わせなかったのはなぜか?
そんな話が話題になっているというものだった。
「だから、なのね?!」
今、このタイミングで『エリクサー』の横流しの件を告発する内容が出回っている理由のことだ。
話題になっているから、『今だ』ってことなのだろう。
目的は?
「どう考えても私を排除しようって動きだわ」
金が目的なら、広める前に脅しに来てる。
少なくとも、取引を持ち掛けてきてないとおかしい。
それが無いのは、脅迫する必要が無いからだ。
金が目的ではないから。
一葉を追い込めれば、それで目的を果たせるから。
つまり・・・。
「敵はあの女狐ね」
幼馴染の横で笑う、女の顔が浮かんだ。
一葉を追い詰めて得する人間がいるとしたら、アレしかいない。
昔から、幼馴染のことで絡まれてきた。
嫌がらせをされてきた。
めでたく婚約の言質をとったとかで、この頃は大人しくしていたのに。
「ああ、レイドで注目されるから不安になったのね」
一葉はサブリーダーの心情を正確に看破した。
「消えてもらうしかないのかしら?」
これまで何度も考えたことがある。
その度にさすがに人殺しは・・・と思いとどまってきたが。
「今が、ひょっとすると最後のチャンス?」
世界初の快挙を成そうとしているレイドの最中だ。
死人くらいは出る。
すでに出ている。
そこにもう一人加わったところで、誰が気にする?
「私は一人、すでに殺している」
匿名掲示板での話はある意味で正しい。
気付いたが、言わなかった。
手持ちの一瓶を投げ渡すだけのことをしなかったのだ。
確実に死ぬとわかった上で。
「そうよ。一人も二人も変わりゃしない。『エリクサー』一瓶で人の命は左右できる。その程度のものなんだし!」
一葉にとって『エリクサー』は貴重でも高価でもない。
材料さえあればいくらでも作れるものだ。
それでどうにかできる命の値段も下がる。
「そのためには・・・」
あの女が消えて、一番騒ぐだろう幼馴染の顔が浮かんだ。
今や、全校生を統率するレイドリーダーの顔だ。
ヘタに睨まれたら厄介なことになるに決まっている。
どうしたものか。
「仕方ない。女狐の真似なんてしたくないけど、色仕掛け使いますか」
一葉はリーダーの元へと歩き始めた。
◇崩れゆく絆(リーダー視点)◇
通知音が鳴った。
レイド準備の連絡かと思い、何気なく開いた。
そこに映っていたのは、サブリーダーだった。
俺の恋人。
俺の信頼。
俺の、すべてだった。
けれど、その映像の中で彼女は、知らない男と密会していた。
顔は見えない。
でも、距離が近すぎる。
声は聞こえない。
でも、空気が甘すぎる。
「・・・なんだ、これ」
言葉が喉に引っかかる。
怒りか?
悲しみか?
いや、まだ感情が追いついてこない。
ただ、心臓が痛い。
胸が、締め付けられる。
映像は短い。
でも、十分だった。
彼女の笑顔。
彼女の仕草。
俺に向けられていたはずのものが、そこにあった。
「嘘だろ・・・」
誰が送ってきたのかもわからない。
匿名のアカウント。
ただ、「見ておいた方がいい」とだけ書かれていた。
罠かもしれない。
捏造かもしれない。
でも、映っているのは確かに彼女だった。
俺が知っている、彼女だった。
怒りが湧く。
裏切られたという感情が、胸を焼く。
でも、それ以上に――悲しい。
信じていた。
信じたかった。
信じていたからこそ、痛い。
「なんで・・・」
問いは誰にも届かない。
彼女にも、俺自身にも。
ただ、思い出されるのはテントの裏で耳にした、彼女の『笑い声』。
いつもとは違う、冷たくて残酷な笑い。
それでいて、彼女の紛れもない本心からの笑いだとわかる。
そんな笑い声だった。
「いや、それより・・・」
もう一つの感情が顔を出す。
恐怖。
この映像が出回っているなら、レイドに影響が出る。
チームが崩れる。
俺たちが築いてきたものが、壊れる。
「・・・落ち着け。今は、冷静になれ」
自分に言い聞かせる。
でも、心は波打っている。
荒れ狂う海のように。
その中心に、彼女の笑顔が浮かんでいる。
◇
スマホを握る手が震えていた。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、どうしていいかわからない。
そんな時だった。
「・・・リーダー?」
振り返ると、一葉がいた。
制服の襟を少し崩して、髪を揺らしながら近づいてくる。
その目は、いつもより潤んで見えた。
いや、そう見えるようにしているのかもしれない。
「私、今なら・・・あなたを男として見られるかも」
囁きは甘く、柔らかく、耳に直接触れるようだった。
その言葉が、心の奥に沈んでいた怒りを、ほんの少しだけ引き上げる。
サブリーダーの映像が脳裏にちらつく。
裏切り。
密会。
そして、今目の前にいる一葉の誘惑。
「・・・なんのつもりだ?」
声が掠れる。
問いかけたつもりだったが、感情が乗らない。
彼女の手が、そっと腕に触れる。
その仕草が、サブリーダーのそれと重なった。
「慰めてほしいのは、私の方かもしれないけど・・・」
言葉の意味が曖昧で、境界が揺れる。
リーダーは、自分の中で何かが崩れていくのを感じていた。
信頼。
絆。
そして、——理性。
このまま流されるのか。
それとも、踏みとどまるのか。
選択の時は、もうすぐそこに迫っていた。
リーダーは、スマホを握りしめたまま、ある名前を検索しようとしていた。
それは、自分の理性を試す、最初の問いだった。
そして、問いは徒労で終わる。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




