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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第60話 仮面デート ~背中合わせの抱擁~

2/2

 


『城野敦』——カルマは、サブリーダーの手を取った。

 指先が触れ合うだけで、周囲の視線がざわめく。

 彼は微笑んだ──その笑みは、毒の膜でできていた。


「君の瞳、星よりも綺麗だね」

 口にした瞬間、彼の心はそっぽを向いた。

 星なんて見たこともない。

 彼女の瞳は、利用価値のある器官にすぎない。


 サブリーダーは、カルマの腕に絡みついた。

 肩に頭を預け、甘えるような声で囁く。


「こんなにドキドキするの、初めてかも」

 でも心の中では、『演技力なら私の勝ちね』と冷笑していた。


 二人は、互いに愛を囁きながら、互いの心は、別の場所を見ていた。


 サブリーダーは証拠の元データを手に入れるために。

 カルマは、サブリーダーに『呪い』を仕込むために。


 それは、恋人のふりをした毒の交換会だった。


 ◇サブリーダー視点◇


 背中を彼の胸に預け、斜め下から顔を見上げた。

 彼から見れば、私を斜め下に見る態勢。


 自分の支配下に置いたような優越感があるはず。

 それに、上から見下ろすことで胸元が強調されているでしょう。


 状況的に、胸の開いた服は用意できなかった。

 だけど、この角度でなら制服でも十分に胸の存在感を意識させられる。


 胸に当てた背中からは、女の体温が。

 制服の胸元から立ち上るのは私の体臭と、合わせて調香された香り。

 首元で揺れる髪のサラサラとした感触。

 上目に見上げる潤んだ瞳。

 直接的には何ら性的ではないけれど、男心をくすぐるベストポジション。

 地の利は我にあり!


 艶を帯びた唇が、彼の作文に登場した『理想の女』を思い出させる。

 ほんのり香るリップクリームの匂いが、彼の意識をじわりと侵食していく。

 何も言わずとも、唇の光沢がすべてを語っていた。


 スルリと腕を伸ばして、彼の首に触れる。

 顔が自然と近づき、空気が少し重くなる。

 互いの息遣いが交差するその瞬間、心が動いたのは感情ではなく、計算だった。


 さぁ、触れてみなさい。

 この輪郭の細さが、あなたの手に収まったような錯覚を生む。

 けれど、それは幻。

 握ったつもりで、すでに握られているのはあなたの方。


 あなたの意識は、私の輪郭だけをなぞる。

 この空間に、他者の声は届かない。

 二人だけの静寂が、世界のすべてになる。



 これは、あなたが描いた夢。けれど筆を握っていたのは、最初から私。

 天運も舞台も、すべて私の手のひらの上。


 さぁ、今だけは、私があなたの世界のすべて。

 そう錯覚させてあげる。

 至福のひと時に浸りなさい。

 その甘さが、後に残る苦味を際立たせるから。


 あなたが持つそのデータ、ようやく価値を認めてあげる。

 さぁ、儀式を終えなさい。

 形だけの抱擁と、意味を持たない小さな接触。

 それで幕は下りる。


 あなたは差し出し、私は立ち去る。

 夢の終わり、そして計画の始まり。


 夢が終わり、野望が目を覚ます。

 あの女は、もう逃げられない。

 感情の泥に足を取られ、静かに沈んでいく。

 その様子を見届けるために、私は冷静さを取り戻す。

 あなたは、そのための冷や水。

 ちょうどいい温度で、私の心を冷やしてくれる。


 あの女は、もう動けない。

 感情の泥に沈み、静かに囚われている。

 私の心は震え、浮かび上がりそうになる。

 だから、あなたの存在で引き戻して。

 この高ぶりを、冷たい現実で縛りつけて。


 あの女の顔が脳裏をよぎるたび、感情が泡立つ。

 その熱を鎮めるために、あなたの存在が必要なの。

 心が沈み、体が冷え、思考が澄んでいく。

 情熱が強ければ強いほど、私は静けさを取り戻せる。

 そうして、ようやく『私』に戻るのよ。


 そう、準備は整った。

 あとは、あなたがどう『使える』かを見極めるだけ。

 一葉に届く言葉は、私の手で研ぎ澄まされる。

 道具は、磨いてこそ価値があるのよ。


 ◇カルマ視点◇


 彼女が背中を預けてくる。

 斜め下から見上げるその顔。

 オレから見れば、彼女を見下ろす態勢。


 優越感を抱かせるための演出だろう。

 だが、それはオレにとっても好都合。

 この角度なら、彼女の呼吸のリズムも、体温の揺らぎも、すべて観察できる。


 胸元が強調される?

 そんなものはどうでもいい。


 オレが注目しているのは、彼女の動きと香りの変化。

 制服の布地越しに伝わる熱。

 髪が首元で揺れるたび、『虫』が少しずつ感染していく。


 潤んだ瞳を上目に見上げてくる。

 男心をくすぐる?

 いいや、オレが欲しいのは心じゃない。

 彼女の『隙』だ。


 唇が艶めいている。

 リップクリームの香りが、オレの記憶を刺激する。

『すでにこの世にいない』者の作文に登場した『理想の女』をなぞるように。

 だが、オレにその理想はない。

 逆手に取る。

 唇の光沢は、感染ともに薄らぐだろう。


 彼女が腕を伸ばし、オレの首に触れる。

 顔が近づき、空気が重くなる。

 息遣いが交差する。


 彼女は計算しているつもりだろう。

 だが、オレの計算はもっと深い。


 触れてみろと言われた瞬間、オレは応じる。

 ウエストの細さを感じる?

 それは錯覚だ。

 オレが握っているのは、彼女の油断。


 この空間に、他者の声は届かない。

 二人だけの静寂。

 それこそが、虫の感染条件。


 彼女は自分が筆を握っていると思っている。

 だが、オレはその筆先に毒を仕込んでおいた。

 天運も舞台も、オレの手のひらの上。


 彼女が世界のすべてになったと錯覚するその瞬間。

 オレは目的を完成させる。


 至福のひと時?

 それは彼女の中に残る苦味の種。


 彼女にデータを渡す。

 オレは形だけの抱擁に応じる。

 意味を持たない接触?

 いいや、それこそが意味を持つ。


 夢が終わり、オレの計画が始まる。

 彼女は泥に沈む。

 感情の沼に囚われ、動けなくなる。

 オレは冷静さを保ち、その様子を見届ける。


 彼女の震え。

 浮ついた心


 それを引き戻すのが、オレの役割。

 冷たい現実で縛りつける。


 彼女の感情が泡立つたび、オレは感染を強化する。

 情熱が強ければ強いほど、オレの術は深く染み込む。

 そして、彼女は『自分』を見失う。


 準備は整った。

 あとは、彼女がどう『使える』かを見極めるだけ。


 一葉に届く言葉?

 それはオレの計画の始まり。


 道具は、磨いてこそ輝く。

 そして、使い捨てる瞬間こそが、最も美しい。


 ◇サブリーダー視点◇


 証拠は手に入れた。

 それを使って行動に出る。


 でも、私がすることはほとんどない。

 すべては彼・・・ええと、誰だったかしら?


 とにかく、あの男がやってくれる。

 うまくいったら、続きをしましょうって約束をしてあげたから、がむしゃらに働いてくれるはずよ。


 あの場にいた女たちも手伝ってくれるらしいわ。

 理由は知らない。


 ただ、利害が一致しているということなので、それでいい。

 彼女たちの目的がなんであれ、私の邪魔にさえならないなら、興味がない。



 ・・・♪

 個人チャットへの通信通知が鳴った。


「また?」

 誰か別の人からかと開いてみる。


『城野敦』。


 先刻の彼だった。

 そうそう、そんな名前だったわね。


 内容は・・・。


 あの女の所業を告発するものだった。

 あの男、思ってたより仕事が早い!


 私にだけ、『本隊メンバーに、同じ内容のものをいくつかのルートで文面を変え、送っている』というメッセージ付き。

 早いうえにそつがない。


「そんなに私が欲しいのかしら?」

 女の自尊心を疼かせてくれる。

 テンションが上がった。


 今日はきっと、最高の一日になる!


 ◇カルマ視点◇


「・・・と、彼女は思っているんだろうな」

 何代ものスマホを前に、カルマはほくそ笑む。


 約束通りには動いている。

 ただ、彼女は知らない。

 気付けない。


 告発されているのはなにも一葉だけではない。

 彼女自身もだということを。

 絶妙に影が差して、顔のない男との密会シーンが、送られていることを。


「さて? 最初に動くのはどのプレーヤーかな?」

 指先でスマホの画面をなぞる。


 まるで、駒を撫でるように。

 彼女の高揚も、一葉の焦燥も、すべては盤上の熱。

 それを冷やすのが、オレの役目だ。

 駒を撫でる指先に、誰も気づかない毒が宿っていた。


 ◇


 その告発文を読んだ誰かが、手を震わせた。

 それは、盤上の熱が、初めて誰かの心を焦がした瞬間だった。


読了・評価。ありがとうございます。


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