第55話 妖怪制作 ~鬼~ 鈴谷涼香
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電子世界に『偽チャット』という毒を投入したカルマは、毒が回るのをただ待ちはしない。
次の手駒獲得に向け、休む間もなく動いている。
「この山で終わりか」
63階層の防御陣。
最後の激戦地へと足を踏み入れた。
一人や二人の小規模なものは他にも数カ所あるだろうと思われるが、大規模なものはここで終わりとなる。
「で、なぜかいるんだよな。鈴谷涼香が」
63階層の戦いが終焉した、あのとき、『メガネウロ』に運ばれていったはずの彼女だが、どうやら途中で力尽きたらしい。
仲間たちに重ねられていた。
制服は魔法の余波で損傷している。
一撃での逆襲を企図した魔法攻撃を反射されたのだ。
さすがの『ダンジョン』装備でも、無事では済まなかった。
頼もしい肩幅。
しっかりと割れた腹筋。
ウエストと見紛うほどの太腿。
少女にしては筋肉質な体形。
それが、鈴谷涼香、である。
先輩を立てて付き従う体育会系の肉体派。
同学年の友人たちを、勘違い男子から守る用心棒。
後輩には面倒見のいい姉御肌。
それが、鈴谷涼香だ。
カルマの顔を見れば肩で激しく当たる。
カルマが食堂にいれば、正面に座って手付かずの料理を食べ尽くす。
カルマが暇にしていると見れば、トレーニングというシゴキに付き合わせた。
それが、鈴谷涼香だ。
「個性が強い子だからな。間違いなく『ネームド』だよね」
この子も、実に妖怪向きの人材なのだ。
◆54階層の追憶◆
肩がぶつかった。
鈍い音がした。
涼香は何も言わず、通り過ぎていく。
カルマは、少しだけ首を傾けた。
痛みはない。
でも、何かが揺れた。
彼女の怒りは、表に出やすい。
でも今日のそれは、『言葉にならない何か』だった。
彼は、制服の肩をそっと撫でた。
そこには、涼香の『感情の痕』が残っていた。
「・・・オレ、何かしたか?」
誰に聞くでもなく、ただ呟いた。
他の奴らなら、理由もなくもあり得る。
でも、彼女にそれはないと思えた。
なんとなくだ。
理由はない。
ずっと見てきた人間観察の結果かもしれない。
答えはない。
ただ、言いしれない違和感があった。
◆涼香視点◆
カルマの顔を見た瞬間、涼香は無言で肩をぶつけた。
怒っていたわけじゃない。
でも、何かが引っかかっていた。
『爆弾化』。
『討伐計画』。
カルマ以外の全員が知っていた。
彼は、何も知らないまま日々を生きていた。
何も知らないまま、仲間だと思っていた。
それが、苛立ちの理由だった。
「・・・なんで、あんただけ知らされてないのよ」
言葉にするには、重すぎる。
でも、黙っているには軽すぎた。
だから、肩でぶつかった。
それは、『言葉にならない抗議』だった。
カルマが少しだけ首を傾けた。
涼香は、それを見て、さらに苛立った。
「気づけよ・・・」
そう思った。
でも、言わなかった。
彼女はただ、歩き去った。
肩に残った感触だけが、カルマの中に波紋を広げた。
カルマは、今日もそこにいる。
何も知らない顔で。
何も覚悟していない目で。
その淡々とした顔が、涼香にはどうしようもなく苛立たしかった。
残り時間が、確実に減っている。
それなのに、彼は『死』に向かう気配すら見せない。
「・・・なんで、そんな顔してんのよ」
日々を淡々と生きている姿に、イライラする。
イライラするだけの自分に、モヤモヤする。
死が近づいているんだぞ、泣き叫べ!
利用されるんだぞ、怒りの咆哮を上げろ!
言葉にすれば、ただの罵倒になる。
でも、言わずにはいられない気持ちが、胸の奥で渦巻いていた。
彼女は、カルマのことが好きなわけじゃない。
仲がいいわけでもない。
接点なんて、ほとんどない。
それでも——彼の無防備さが胸に刺さる。
放っておけない。
それが、涼香の『弱さ』だった。
「何か言ってやりたい」
「何かしてやりたい」
でも、それは許されない。
誰もそんなこと望んでない。
彼も、きっと望んでない。
だから、涼香は黙って肩をぶつけた。
それが、彼女にできる精一杯だった。
『死ぬなら、せめて気づけ』
『死ぬなら、せめて覚悟を持って死ね』
そんな言葉が、喉の奥で渦を巻き、燃えていた。
◆カルマ視点◆
また、涼香の肩がぶつかった。
そのあと、カルマはしばらく立ち止まっていた。
痛みはない。
でも、何かが残った。
彼女の背中が遠ざかっていく。
その歩き方が、いつもよりわずかに速かった。
少しだけ、乱れていた。
「・・・なんだ、あれ」
呟いた声が、自分の耳にも頼りなかった。
最近、みんなの様子が少しずつ変わっている気がする。
これまでは『使えない奴』への悪意だった。
いまは『絡みにくい奴』への隔意がある。
そんな気がしていた。
『自分だけが知らない何か』がある。
そんな感覚が、じわじわと胸の奥に染みてくる。
涼香の肩当ては、ただの苛立ちじゃない。
何かを伝えたくて、でも伝えられない人間の動きだった。
「なにかあるのか?」
誰にともなく呟いたその言葉に、ふと考え込む。
あるとして、それは何だ?
そう言えば、涼香先輩のシゴキがなくなった。
八島薫の『忠誠の証』の儀礼が長くなった気がする。
百合根友梨による軽蔑を含んでの説教が短くなっていた。
曽根崎志乃が顔を合わせると目を背けていなくなる。
稲田美水穂が畑の収穫物を分けてくれる。
一つ思い浮かべば、次々に浮かんでくる違和感。
・・・やはり、何か、ある。
疑いは、静かに確信へと姿を変えた。
◆鈴谷涼香視点◆
なにかはわからなかった。
でも、確かに変わっている。
カルマのことだった。
気が付けば、常に視線が彼を探していた。
だから、違和感に気付く。
なにかが変わった。
もどかしい。
違っているのはわかる。
なのに、違いを見つけられない。
なにが違うんだろう?
どこが変わった?
「・・・余裕?」
ふと呟く。
そして、自身の呟きでハッとした。
間違いない。
いつも、淡々としていながら、終わらない苦痛に怯えてる。
そんな雰囲気が消えている。
もう、怯えなくていい。
そう、達観したものが持つ余裕。
そんなモノの気配があった。
「気づいたの、か?」
聞こえない距離からの問いかけ。
それなのに、なぜだろう。
頷かれた気がしたのは。
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