第53話 最下層の討伐者たち⑦ ~沈黙の罪~
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レイド本隊。
主力96人。
それが今や本隊の24人と、先駆けB班が5人。
29人にまで減っていた。
ただし、彼ら自身はそのことを知らない。
「なんか、手ぇ抜いてんな。いいけどさ」
スマホのチャット画面を開いたレイドリーダーが呟いた。
先駆け各班からの状況報告だ。
本隊の戦力を浪費させないため、これだけは常の報告を指示している。
確実に敵がいなくなってから進むためだ。
そのチャットに、ここしばらくは『接敵』、『撃破』、『進行を続ける』などと短文しかはいらなくなっていた。
長々と戦況報告されても読みはしないから、それでいいと言えばいいのだが『手抜き』とは感じてしまう。
「いいんじゃない? 便りのないのは無事な証拠ってやつでしょ?」
サブリーダーが小さく笑いかける。
地上に帰ったら、婚約する予定の二人だ。
距離が近い。
チャットでの報告が短文になったのは、各人の遺体とともにスマホも回収したカルマが適当に打ち込んでいるからである。
ちなみに、スマホのキーロックは指紋認証で一発だ。
人体まるごとのデータがある。
指紋のデータも当然にあったのだ。
「・・・そうだな」
なにかが引っかかったように眉をしかめつつ、レイドリーダーは自分を納得させるようにうなずいた。
「それよりさ! 私たち、帰ったら婚約でしょ? そうだよね?」
そういう話は何度もした。
だけど、サブリーダーは少しだけ不安だった。
このレイドが終われば、自分たちはもちろん全体のリーダーである目の前の男は『英雄』となるに決まっている。
誰もが無視できない存在として認知されるのだ。
その時、他の女がすり寄る可能性・・・・確実性を排除できない。
「すぐってわけじゃないぞ。犠牲者への哀悼をってのが世間の流れになるはずだからな」
それを呼んで、『犠牲者を讃える弔文』を用意してある。
実はすぐに取り出せるよう手元のアイテムボックスに忍ばせてあるくらいだ。
「ああ、『アレ』のことか。でも、これだけの規模のレイドで世界初の『ダンジョンマスター』討伐よ? 誰も文句言えないと思うけど」
「・・・自分が当事者ならな。違う学校で同じことして、そこのリーダーとサブリーダーが『婚約します』とか発表したら。どうする?」
「・・・っ。ゴシップネタ流しまくるわね。不適切な関係だとか、そんな感じの」
「そういうことだ」――リーダーは静かに言い切った。
『探索者』同士の連絡掲示板なんてものもあるから、そういう情報は流しやすい。
誹謗中傷なんて日常茶飯事だった。
さすがに今はやらないし、できないけれど。
秘密保持の観点から『ダンジョン』内にいる間は外部との接続はできない仕様だ。
機械的にロックがかかる。
スマホ事業者は『ダンジョン』産業で一番稼いでいる大スポンサー。
その辺りの管理には妥協しない。
「ちょっと、なんか変な話になってるよ?」
二人だけで話をしていたところへ、別の女が入ってきた。
このレイドで合同のパーティを組んでいるリーダーAだ。
『本隊』は4つのパーティの集まりだ。
そのうちのひとつがレイドリーダーとサブリーダーの所属。
残り3つにも当然にリーダーがいる。
彼女はその一人だ。
「変な話?」
ダンジョンの中では外部通信はできない。
ヘンな話なんて入って来る余地はないはずだ。
サブリーダーは不審そうに眉を寄せた。
「待機ばっかで退屈だからさ。冷やかしのつもりで、個人チャットでグチを一斉送信してたの。そしたら返事が来たってわけ」
「ああ。そういうこと」
ダンジョン外との通信は妨害されているが『ダンジョン内』それも10階層以内の距離なら通信が可能となっている。
カタログデータ上は、だ。
実際は5階層離れたら途絶、というのが現実である。
「で、問題はその内容よ」
ここでリーダーAは顔を寄せ、声を潜めた。
「先駆けのA班。全滅したって言われてるけど、実は無事って話なの!」
「? いいことじゃない?」
いたと思ってた犠牲者がいないってことでしょ?
サブリーダーは、キョトンとしている。
「・・・・いや。もしそうなら『いいこと』ではないぞ?」
反面、リーダーの眉間にはしわが刻まれた。
「え? なんでよ!」
「考えてみろ。自分たちが全滅したって話がチャットでされているんだぞ? 無事なら何かしら反応するだろ?」
「それこそ。また戦闘中とか」
「ずっとか? スマホ見る暇もなく? そんなに戦闘してるなら『無事』なわけないだろ。だけど、全滅してるなら、『実は無事』って情報が出る意味が解らない」
全滅してるなら、それまでのこと。
全滅していないなら、なぜ流れている全滅説を否定しないのか謎が残る。
「で、これよ」
リーダーとサブリーダーが眉を寄せて見つめ合ったところで、リーダーAがスマホ画面を突きつけた。
『A班の奴ら、先行してお宝独占する気だぞ!』
「は?」
「へ?」
「今、ダンジョン内で一番『お宝』に近い位置にいる・・・いてもおかしくないパーティ。それが先駆けA班なわけよ」
何しろメインルートの露払いをしていた班だ。
ルート上のトップを走っていたのは間違いない。
「だ、だけと」
目を彷徨わせるサブリーダー。
「そう、か。なるほど」
逆に目が座るリーダー。
「な、なにがナルホドなの?!」
「あいつらのミスさ。属性の反転を伝えてきた方法とタイミング。通話で知らせろよってなったが、わざとだったら?」
「あ!」
属性反転の連絡のタイミングが悪く、各所で被害が出た。
その被害のせいで、各班ともに進行速度が遅れている。
もし、それが意図されたものであるならば。
全体の進行が落ちている間に、先駆けA班だけが先行することも可能かもしれない。
「う、裏切り? なんで?」
可能かもしれないというのはわかる。
わかるが理由がわからない。
このままでも、『ダンジョンマスター』初討伐の栄誉は全校生徒のものだ。
『レイド』なのだから、個人のものには絶対にならない。
目立つ者とそうでない者は出る。
それでも、裏切りを働くほどの意義が出るとは思えなかった。
「不信感」
言葉少なにリーターAが切り込んだ。
今度は雑談掲示板の画面を見せてくる。
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『レイド本隊は俺たちを見捨てるかもしれない』
『例のアイツ、助ける手だてはあった。なのに、平然と殺している』
『助ける手立て? 自爆させて?』
『どう助けるのよ?』
『簡単な方法がある』
『だから、どんなよ!』
『エリクサー、あれ一本与えておくだけでいい』
『あ。そっか!』
『貴重アイテムではあるが作れる。人間爆弾にすると決めていたなら、渡して置けば全員で帰れたわけだ』
『なんで渡してないの?』
『って言うか渡しているんじゃない?』
『だったらそう言うだろ。直接ではないにせよ、クラスメイトや後輩を見殺しにしたって戦意喪失してる奴らもいる。ちゃんと手は打ってるから大丈夫ですってな』
『ああ!』
『そこから、本隊の奴らだけが生きて帰って金も名誉も独占。俺たちは無念の死ってことじゃねぇのかってこと!』
『一般の生徒は皆殺しってか?!』
『あ、あり得るかも。今回の報酬と影響は莫大だし!』
『え、エリクサーが手に入らなかったからじゃ?』
『それは、ない!』
『ああ。ないな。マップ埋め係が何階層だかでエリクサーの根幹アイテムを採取してた。『聖女の一歩前』様の依頼で、彼女探索中に何個か作ってた』
『作ってた・・・って。それは、つまり?』
『ああ。今も何個か持っているはずなんだ。レイド前に作ってたものもあるはずだしな』
『あるのに使わせなかった・・・なんで?』
『ダーカーラー! 俺ら皆殺しかもって話!』
『・・・・・・・』
『・・・・・・・』
『おい。黙り込むなよ。頼むから!』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『おーい?!』
「エリクサー・・・そうか、確かに。クソっ!」
リーダーが拳を握る。
言われてみればそうなのだ。
『ダンジョン内』に限られるが、人は生き返る。
『アイツ』に一つ持たせるだけで『全員生還』の目はあった。
なのに・・・。
なぜ、誰も渡していない?
なぜ、誰もその可能性を口にしなかった?
自分が忘れていたのはまだわかる。
あまりの高額品で、攻略組の最精鋭である自分でさえ、おいそれと手に入れられないアイテムだ。
頭から排除していた。
『アレは万一の備え』そして自分の役割は『万一が無い』ようにすること。
だから、気が付かなかった。
でも、教師どもは?
それを作れる『聖女一歩前』、一葉は?
「俺は、忘れていた。でも、あいつらは違う。作れる者がいて、持っている者がいて。それでも、誰も渡さなかった。それは、選択だ。見殺しにするという、選択だ!」
「た、高い薬だし、『アイツ』には買えないってことじゃ?」
「レイドの予算で考えれば、『エリクサー』一本なんて端数だ!」
個人では確かに手が届かない。
だけど、266人が参加するレイドに掛かっている予算の金額から見ればないも同然。
まして、成功すれば『アイツ』にだって報酬が入る。
個人で買えるくらいには。
参加者全員がわずかずつカンパするって手もある。
渡すための手段なんていくらでもあった。
『エリクサー』があれば犠牲0だって気付きさえすれば!
ここで、『なぜ気が付かなかったか』を自問しない辺りに、彼の人間性があった。
自省の欠如だ。
気付く機会は、彼の言葉で言えば『いくらでもあった』のだ。
『カルマを爆弾にする』と聞いたとき。
その力は利用できるとして『なにか助ける方法は?』。
そえ考えれば、『エリクサー』という答えは簡単に出る。
『エリクサー』を作れる『聖女一歩手前』の一葉とは旧知の中、確実に毎日顔を合わせ会話もしている。
調薬中に訪ねたこともあった。
材料採取のクエストを受けたことだってある。
たった一つの条件。
『カルマ』を助けるという視点を持ちさえすれば。
『エリクサー』を思い出せたのだ。
つまるところ、彼自身。
カルマのことを人として見ていなかった。
これに尽きる。
「あいつが黙っていたせいで、アイツは死んだ。俺たちは、仲間を爆弾にしてしまった。 その罪を、俺は背負う。だが・・・あいつは、裁かれるべきだ」
「・・・そう、ね。とりあえず問い質す必要はあるわ」
サブリーダーが何かを考えながら、深く首肯した。
「え? そ、そっち?」
慌てたのはリーダーAだ。
いま必要なのは先駆けA班の動向確認ではないか? と。
「A班の追及をするのは無理だ。ここから追いつくまで、走り続けることになる。現実的じゃない」
追いかけて追いつけるものではない。
モンスターの襲撃のこともある。
焦っても仕方がないという結論だった。
「あ、ああ。そ、そうなるのか」
チャットのやり取りではないのだ。
すぐに、この場で、とはいかない現実。
リーダーAは引き下がった。
「とりあえず、一葉には私が訊いてみる」
サブリーダーが申し出た。
「あー。うん、そうだな。あいつとは幼馴染だ。俺だと押し切れないか引きすぎるかだな」
うまく追及できないかもしれない。
そんな言い訳を盾に、リーダーは難しい問題から逃げた。
剣で斬り捨てればいいとはいかない問題には、挑みたくないのだ。
一歩引いていたい。
それも、彼の『人間性』だった。
英雄の仮面の下にある、凡人の弱さ。




