第52話 予兆の始まり ~旧校舎の蠢動~
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『旧校舎』は、冷たさを纏っていた。
壁は灰色に沈み、窓は曇りガラスのように光を拒んでいた。
床には、誰の足音も届かない。
埃が積もりすぎて、時間の層みたいになっている。
空気は動かない。
風が通ったことすら忘れられている。
明るさも、力の気配もない。
ただ、静かで、寒い。
まるで、誰かの心の奥底にある『見捨てられた記憶』のようだった。
廊下の隅に、ノートが落ちていた。
ページが開いたまま、床に投げ出されている。
表紙には、手書きの文字。
「祭りの準備」。
その言葉だけが、埃の下から顔を出していた。
ページの端は折れていて、インクは少し滲んでいる。
誰かが、何かを楽しみにしていた。
でも、その楽しみは、ここに置き去りにされた。
風は、まだ吹かない。
雷も、まだ夢の中。
旧校舎は、ただそのノートを見守っていた。
誰かが、もう一度ページを開いてくれるのを待っているようだった。
『旧校舎』の奥、誰にも見つけられなかった教室の隅。
そこに、『ナニカ』がいた。
それは、かつて『祭りの準備』をしていた。
誰かが来るのを、誰かと笑うのを、ずっと待っていた。
でも、待っても、誰も来なかった。
ぬくもりのない箱のようなこの場所に、希望はなかった。
壁は冷たく、窓は閉ざされ、空気は死んでいた。
だから、『ナニカ』はノートを落とした。
ぽとり、と。
まるで、諦めるように。
そのノートは、床に伏したまま、誰にも拾われなかった。
表紙には、かすれた文字で「祭りの準備」と書かれている。
ページの間には、色褪せた折り紙の切れ端や、手描きの地図、誰かの名前が走り書きされていた。
そのときだった。 風が吹いた。
そよ、と。
雷でわずかに温められた風が、旧校舎の隙間から入り込んだ。
それは、誰かの背中を押した風。
誰かの心を震わせた雷の余韻。
その風が、ノートのページをめくった。
一枚、また一枚。
まるで、内容を確かめるように。
風が、読み返している。
その願いが、まだここにあることを。
そして、光が差し込んだ。
今まで入らなかった窓の隙間から、細い光が射し込む。
しばらく動かなかった風。
ほんの少しだけ、動いた風。
それが隙間を覆っていたナニカの影を払い落した。
埃の粒が、金色にきらめく。
天井のひび割れに沿って、光が這い、壁に残された古い貼り紙を照らす。
「ようこそ、祭りへ」
その消えかけた文字が、光の中で浮かび上がった。
壁を飾る折り紙が、カサカサと笑うように揺れた。
誰かの脚がのるのを待ちきれず、廊下の板が軋む。
笑い声を夢見て、窓が震えている。
『ナニカ』は、気づいた。
まだ、終わっていない。
風が戻ってきた。
雷が、ぬくもりを運んできた。
そして、『誰か』が、『どこか』で『立ち上がった』。
『旧校舎』は、静かに息を吹き返す。
それは、再会の準備。
それは、忘れられた約束の、やり直し。
『旧校舎』は覚えている。
ここが廃墟ではなかった時代を。
学生が通う『学び舎』だったこともある。
子供たちが度胸試しをする『肝試し』の舞台。
誰かがこっそりと『技』を磨いた『稽古場』。
恋人たちがそっと会った『秘密の場所』。
ひとりで、がんばった『勉強部屋』。
誰かが泣いて、『涙を置いて行った場所』。
孤独な誰かの『居場所』。
利用した人々の心に、『旧校舎』は今も建っている。
それは『繋がり』でもあった。
『旧校舎』は待っている。
繋がりのある子らの帰ってくる日を。
黒板に書きかけで止まっていた『か』の文字。
その隣に別の文字が書けそうな、そんな暖かさが泡のように膨らんでは消えていく。
『誰か』が来てくれそうな気配。
『ナニカ』は、もぞもぞと動き出す。
春のぬくもりに誘われて、そっと動き出す虫のように。
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