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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第52話 予兆の始まり ~旧校舎の蠢動~

2/2

 


『旧校舎』は、冷たさを纏っていた。


 壁は灰色に沈み、窓は曇りガラスのように光を拒んでいた。


 床には、誰の足音も届かない。


 埃が積もりすぎて、時間の層みたいになっている。


 空気は動かない。

 風が通ったことすら忘れられている。

 明るさも、力の気配もない。


 ただ、静かで、寒い。

 まるで、誰かの心の奥底にある『見捨てられた記憶』のようだった。


 廊下の隅に、ノートが落ちていた。

 ページが開いたまま、床に投げ出されている。

 表紙には、手書きの文字。


「祭りの準備」。

 その言葉だけが、埃の下から顔を出していた。


 ページの端は折れていて、インクは少し滲んでいる。

 誰かが、何かを楽しみにしていた。

 でも、その楽しみは、ここに置き去りにされた。


 風は、まだ吹かない。

 雷も、まだ夢の中。


 旧校舎は、ただそのノートを見守っていた。

 誰かが、もう一度ページを開いてくれるのを待っているようだった。




『旧校舎』の奥、誰にも見つけられなかった教室の隅。

 そこに、『ナニカ』がいた。


 それは、かつて『祭りの準備』をしていた。

 誰かが来るのを、誰かと笑うのを、ずっと待っていた。


 でも、待っても、誰も来なかった。

 ぬくもりのない箱のようなこの場所に、希望はなかった。


 壁は冷たく、窓は閉ざされ、空気は死んでいた。

 だから、『ナニカ』はノートを落とした。


 ぽとり、と。

 まるで、諦めるように。


 そのノートは、床に伏したまま、誰にも拾われなかった。

 表紙には、かすれた文字で「祭りの準備」と書かれている。

 ページの間には、色褪せた折り紙の切れ端や、手描きの地図、誰かの名前が走り書きされていた。


 そのときだった。 風が吹いた。


 そよ、と。

 雷でわずかに温められた風が、旧校舎の隙間から入り込んだ。


 それは、誰かの背中を押した風。

 誰かの心を震わせた雷の余韻。


 その風が、ノートのページをめくった。

 一枚、また一枚。

 まるで、内容を確かめるように。


 風が、読み返している。

 その願いが、まだここにあることを。


 そして、光が差し込んだ。

 今まで入らなかった窓の隙間から、細い光が射し込む。


 しばらく動かなかった風。

 ほんの少しだけ、動いた風。

 それが隙間を覆っていたナニカの影を払い落した。


 埃の粒が、金色にきらめく。

 天井のひび割れに沿って、光が這い、壁に残された古い貼り紙を照らす。


「ようこそ、祭りへ」

 その消えかけた文字が、光の中で浮かび上がった。


 壁を飾る折り紙が、カサカサと笑うように揺れた。

 誰かの脚がのるのを待ちきれず、廊下の板が軋む。

 笑い声を夢見て、窓が震えている。


『ナニカ』は、気づいた。

 まだ、終わっていない。


 風が戻ってきた。

 雷が、ぬくもりを運んできた。

 そして、『誰か』が、『どこか』で『立ち上がった』。


『旧校舎』は、静かに息を吹き返す。

 それは、再会の準備。

 それは、忘れられた約束の、やり直し。


『旧校舎』は覚えている。

 ここが廃墟ではなかった時代を。


 学生が通う『学び舎』だったこともある。


 子供たちが度胸試しをする『肝試し』の舞台。


 誰かがこっそりと『技』を磨いた『稽古場』。


 恋人たちがそっと会った『秘密の場所』。


 ひとりで、がんばった『勉強部屋』。


 誰かが泣いて、『涙を置いて行った場所』。


 孤独な誰かの『居場所』。


 利用した人々の心に、『旧校舎』は今も建っている。

 それは『繋がり』でもあった。


『旧校舎』は待っている。

 繋がりのある子らの帰ってくる日を。




 黒板に書きかけで止まっていた『か』の文字。

 その隣に別の文字が書けそうな、そんな暖かさが泡のように膨らんでは消えていく。


『誰か』が来てくれそうな気配。

『ナニカ』は、もぞもぞと動き出す。


 春のぬくもりに誘われて、そっと動き出す虫のように。



読了・評価。ありがとうございます。


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