第51話 ひとり ~そして、ひとり~
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──風が、止んだ。
雷が、沈黙した。
哄笑は、空に吸われて消えた。
葉隠霞は、立っていた。
戦場の中心で、ただ一人。
足元には、砕けた羽根。
焼け焦げた甲殻。
裂かれた刃。
敵の姿は、もうない。
仲間の声も、もうない。
風は、彼女の周囲を静かに巡っている。
まるで、何かを恐れて距離を取っているように。
霞の手には、まだ雷が残っていた。
指先が、微かに光っている。
団扇は、地に伏している。
風紋が、彼女の肌に刻まれたまま。
「・・・終わった?」
その声は、誰にも向けられていない。
ただ、風に問いかけるように。
でも風は、答えない。
雷も、黙っている。
霞は、ゆっくりと周囲を見渡す。
誰もいない。
敵も、仲間も、誰も。
「・・・あたし、ひとりか?」
その言葉が、風に溶けていく。
雷が、胸の奥で静かに脈打つ。
力は、まだ溢れている。
でも、それを向ける先がない。
怒りも、恐怖も、歓喜も、すべてが行き場を失って、霞の中で渦巻いている。
彼女は、立っていた。
風の中で。
雷の余韻の中で。
そして、孤独の中心で。
──葉隠霞。
その名を呼ぶ者は、もういない。
でも風は、まだ彼女の名を覚えている。
雷は、まだ彼女の心を離さない。
そして、静寂の中で── 霞は、初めて『自分の声』だけを聞いた。
荒々しい風、爆ぜる雷。
破壊を喜ぶ『己の声』を。
──風が、重くなった。
雷が、痛みに変わった。
葉隠霞の身体が、軋み始めた。
力は、まだ溢れている。
指先には風が宿り、胸の奥では雷が脈打っている。
でも──肉体が、ついてこない。
膝が震える。
視界が滲む。
皮膚の下で、風紋が暴れ、筋肉が雷に焼かれていく。
「っ・・・は、ぁ・・・」
霞は、息を吐いた。
それは、風ではなく、血の匂いを含んだ呼気だった。
足元が崩れる。
地面が遠くなる。
風が、彼女を支えようとする。
でも、もう『支えられる器』が壊れ始めていた。
腕に刻まれた紋が、赤く光る。
それは、力の証ではなく── 崩壊の兆しだった。
「まだ・・・終わってない・・・」
霞は、そう呟く。
でも声は震え、風にかき消される。
雷が、彼女の背を走る。
痛みが、快感を上回る。
力が、肉体を蝕んでいく。
皮膚が裂け、風がそこから漏れ出す。
血と雷が混ざり、地面に染み込む。
霞の瞳が、焦点を失い始める。
「・・・あたしは、まだ・・・まだ、壊れちゃ・・・いけない・・・だって、まだ──」
その言葉の続きを、風は聞かなかった。
雷も、もう答えなかった。
──葉隠霞。
力を手にした代償が、今、肉体を崩していく。
風は、彼女の名を呼びながら、その身体を包もうとしていた。
でも、風は優しくなかった。
雷は、容赦しなかった。
そして、彼女は── 崩れ始めた。
——肉体は、もう形を保てなかった。
皮膚は裂け、骨は軋み、風紋は暴走し、雷紋は焼き尽くした。
葉隠霞の身体は、崩れ落ちていた。
けれど──力は、まだそこにあった。
風は、彼女の名を囁き続けていた。
雷は、彼女の心を離さなかった。
魂は、肉体を離れながらも、力の残滓に吸い寄せられていた。
霞は、意識の深淵で目を開ける。
そこは、風と雷の渦の中。
彼女の『存在』だけが、そこに浮かんでいた。
ふと、視線を巡らせる。
──屍。
無数の屍が、風に晒されていた。
敵のものだけではない。
──仲間たちも、そこにいた。
「・・・なんで」
霞の声は、風に溶けていく。
「逃げたはず、なのに。なんで、ここにいるの」
風は答えない。
雷も沈黙している。
ただ、屍たちの表情が、霞の心を刺す。
わたしが呼び戻した?
風が・・・?
それとも、知らない間に追いかけていたのだろうか?
置き去りにしていった彼らを?
恐怖。
後悔。
憎悪。
そして──罪悪感。
彼女を差し出したはずの仲間たちが、なぜか彼女のそばで、息絶えていた。
まるで、逃げ切れなかったかのように。
まるで、彼女の力が彼らを呼び戻したかのように。
まるで・・・きっと・・・おそらく。
霞の魂は、風の中で震えた。
「・・・あたしが、やったの? この力が、あたしの意思を超えて・・・」
風が、優しく彼女の頬を撫でる。
雷が、静かに彼女の胸を叩く。
それは、答えではなく、肯定だった。
──葉隠霞。
肉体は崩れた。
でも魂は、力の残滓に囚われていた。
そしてその力は、彼女の『意思』を超えて、すべてを巻き込んでいた。
屍の中で、風が吹いた。
雷が、空を裂いた。
そして、霞はその中心で、まだ存在していた。
──風が、問いかけた。
それは、誰の声でもなかった。
霞の魂に、直接響いた声だった。
「まだ、戦えるかい?」
霞は、答えを探すまでもなかった。
肉体は崩れても、力は残っている。
魂は、まだ燃えている。
雷が、心臓の代わりに脈打っている。
「──もちろん」
その声は、風に乗って広がった。
「まだ全然、使い切ってない。もっと戦いたい。もっと、暴れたい」
風が、少しだけ揺れた。
雷が、少しだけ笑った。
「相手が、人間でも?」
その問いに、霞は一瞬だけ黙った。
でも、それは『ためらい』ではなかった。
ただ、言葉を選んでいただけ。
「かまわないよ。モンスターも、人間も・・・同じだ。違いなんて、ないさ。だって、あたしを差し出したのは『人間』だった。壊したのも、裏切ったのも、『人間』だった」
風が、彼女の言葉を抱きしめるように吹いた。
雷が、彼女の魂を震わせるように鳴った。
「だったら、あたしは・・・誰であろうと、壊すだけだよ」
その瞬間、風が彼女の魂を包み、雷が彼女の形を再び描き始めた。
──葉隠霞。
人でも、妖でもない。
ただ、力そのものとして、再び戦場に立とうとしていた。
そして、風の向こうで誰かが静かに囁いた。
「ようこそ、こちら側へ」
──風が、静かに吹いていた。
雷は、遠くで鳴っていた。
葉隠霞は、戦場の残響の中で立ち尽くしていた。
力は、彼女の周囲に渦巻いている。
風は、彼女の髪を逆立て、
雷は、彼女の皮膚の下で脈打っている。
でも──それは、彼女のものではなかった。
魂は、疲弊していた。
戦うたびに、削られていく。
怒り、後悔、快感、恐怖── そのすべてが、力に喰われていく。
彼女は、力を振るうたびに、『自分』が少しずつ遠ざかっていくのを感じていた。
でも、止められない。
止まれば、壊れる。
進めば、削れる。
その葛藤が、彼女の魂を蝕んでいく。
「いつか・・・この力を、従えられるのかな。それとも、あたしが呑まれるのかな」
風が、そっと頬を撫でた。
が、胸の奥で静かに鳴った。
それは、答えではなく、問いの余韻だった。
──『葉隠かすみ』。
魂と力が乖離したまま、戦いの中で揺れ続ける存在。
その歩みは、まだ終わらない。
風は、彼女の名を忘れていない。
雷は、彼女の心を見つめている。
◇
「また、横にいてくれるかな?」
記憶の回廊を抜けた先。
人とそうでないモノの境の場。
死んだはずの『彼』がいた。
『天狗』として、立ち上がったかすみに問いを投げかけてくる。
それは、いつか、カルマが聞き損ねた問いだった。
「・・・私に、焼かれたいのかよ?」
軽く上げられた腕、掌の上で雷が爆ぜた。
「オレを二度、殺すことに耐えられるならどうぞ」
軽く腕を拡げるカルマ。
かすみは、しばらくカルマを見つめていた。
雷の熱が、掌から静かに消えていく。
「・・・・・・」
かすみは腕を下ろした。
カルマの横に並んで立つ。
なぜか、『風』と『雷』も隣りにいる気がした。
誰かと並ぶことができると、初めて信じられた瞬間だった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




