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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第50話 風雷の残響 ~吹き返し~

2/2

 


 ──最初は、風が味方だった。

 葉団扇を振るたびに、空気が裂け、カナブンの群れが吹き飛ぶ。

 雷が指先から迸り、蜂の羽を焼き、カマキリの刃を弾いた。


 仲間たちも、最初は動いていた。

「霞、すげぇ!」

「このまま押し切れるぞ!」

 その声が、霞の背を押した。

 風が応えてくれる。

 雷が走る。


 ──勝てる。

 そう思った。


 だが、敵は『群れ』だった。

 一匹倒しても、次が来る。

 風を裂いて、雷を飲み込むような数。

 そして、動きが変わった。


 カマキリの刃が、風の流れを読んでくる。

 蜂の針が、雷の軌道を避けてくる。

 カナブンの羽音が、仲間たちの耳を狂わせる。


 霞の団扇が、重くなる。

 雷が、指先で暴れ始める。

 風が、彼女の髪を引っ張るように乱れる。


「・・・まずい」

 霞は、そう呟いた。

 仲間たちの動きが鈍る。

 誰かが叫ぶ。


「もう無理だ!」

「数が多すぎる!」


 風が、焦りを運んでくる。

 雷が、怒りを孕み始める。

 霞の目が、鋭くなる。


「まだ・・・いける。まだ、風は死んでない」

 そう言い聞かせて、彼女は前に出る。

 でも、風はもう、彼女の背を押してくれない。

 雷も、少しずつ彼女の手から逃げていく。



 ──押され始めた。

 風が乱れ、雷が迷い、仲間たちが沈黙する。

 そして、何かが崩れ始めていた。


 風が、裂けた。

 雷が、彼女の手から逃げた。

 葉団扇が、敵の刃に弾かれ、地に落ちる。


 葉隠霞は、膝をついた。

 肩で息をしながら、視界の端に仲間たちの姿を探す。


 ──いない。

 さっきまで背中を預けていたはずの彼らが、いない。


「・・・どこだよ」

 霞の声は、風に飲まれて消えた。

 そのとき、背後から聞こえた。


「もう無理だ。霞が囮になってくれる」

「今のうちに逃げよう。あいつなら、時間稼ぎくらいはできる」


 霞は、振り返らなかった。

 ただ、風がその言葉を運んできた。

 雷が、その意味を焼きつけた。


 ──裏切られた。

 まただ。

 あの時と同じ。

 彼を見殺しにしたあの日と、同じ。


 でも今度は、自分が『差し出された』。


 霞は、立ち上がる。

 膝が震えていた。

 でも、風が吹いた。

 冷たく、鋭く、背中を切るように。


「・・・そうかい。英雄ってのは、都合のいい言葉だったんだな」

 彼女の目が、赤く光る。

 金のメッシュが、雷を帯びて揺れる。

 風が、怒りを孕み始める。


「だったら・・・あたしが、全部壊してやるよ」


 ──風が、叫んだ。

 雷が、彼女の血を駆け巡った。

 葉隠霞の足元に、落ちた団扇が震える。

 それは、彼女の意思ではなく──彼女の『気魂』に呼応していた。


 霞は、立ち上がる。

 その瞬間、空気が変わった。

 風が彼女の周囲を渦巻き、雷が髪の先にまで宿る。

 赤と金のメッシュが、まるで炎のように揺れた。


「・・・なに、これ」

 霞は、自分の手を見つめる。

 指先から、風が噴き出している。

 雷が、皮膚の下で脈打っている。


 今まで、力を『使っていた』。

 でも今は、力が『彼女を使っている』。

 境界が、崩れ始めていた。


 仲間たちの声は、もう遠い。

 敵の羽音も、もう雑音にすぎない。

 霞の耳に届くのは、風の囁きだけ。


「もっと、もっと。この力は、まだ底を見せていない。お前は、もっと強くなれる」

 霞は、笑った。

 それは、苦笑でも、皮肉でもない。

 純粋な驚きと、快感の混ざった笑みだった。


「・・・あたし、こんな力持ってたんだ。これが、あたしの本当の姿・・・」


 風が、彼女の背を押す。

 雷が、彼女の心を震わせる。

 そして、霞はその力に酔い始める。



 ──覚醒への第一歩。

 それは、彼女が『人』であるために保っていた制御が、静かに、確かに、外れていく瞬間だった。


 ──風が、咆哮した。

 雷が、地を裂いた。

 葉隠霞の周囲は、もはや嵐だった。


 敵の羽音はかき消され、仲間の悲鳴も、もう霞の耳には届かない。

 彼女の目は、ただ前を見ていた。

 ──その先にある、破壊の快感を。


「まだ・・・ある」

 霞は、自分の胸に手を当てる。

 鼓動が、雷のように打ち続けている。

 風が、内側から吹き荒れている。


「まだ、奥がある。まだ、出してない。まだ、『あたし』は全部見せてない」

 その言葉は、誰に向けたものでもない。

 自分自身の奥底──ずっと眠っていた『何か』。

 永遠に出て来るはずのなかった『何か』に向けての呼びかけだった。


「出てきていいぞ。狂ってもいい。壊れてもいい。だって、あたしは──」

 雷が、彼女の背から噴き出す。

 風が、彼女の足元を巻き上げる。

 髪が逆立ち、赤と金が炎のように燃える。


「これが、あたしの『本当』なんだろ?」

 その瞬間、彼女の瞳が変わった。

 赤の中に、金の閃光が走る。

 風紋が、肌の上で踊り、雷紋が腕に刻まれる。


 敵が怯む。

 仲間が、言葉を失う。

 でも霞は、笑っていた。


「全部、出してやる。風も、雷も、あたしの狂気も──全部だ」



 ──覚醒への二歩目。

 それは、彼女が『人であること』を手放し始めた瞬間。

 風が、彼女の名を呼び、雷が彼女の心を焼き始める。


 ——風が、笑った。

 雷が、歓喜した。

 葉隠霞の中で、何かが『這い出てきた』。


 それは、ずっと奥に潜んでいた。

 彼女が人であるために、乙女であるために、手を出さずにいた『何か』。


 常識。

 理性。

 躊躇い。

 それらは、風の刃で切り裂かれ、雷の衝撃で粉砕された。


 霞の瞳は、もう『霞』ではなかった。

 赤と金が混ざり合い、その奥で、狂気が笑っていた。


「──あはっ」

 最初は、小さな笑いだった。

 でもそれは、風に乗って広がっていく。

 雷に乗って、戦場を震わせていく。


「アハハハハハハハッ!!」

 哄笑が、空を裂いた。

 敵が怯む。

 仲間が凍る。

 誰もが、その笑いに『人の気配』を感じなかった。


 笑っているのは私『?』

 それとも、風の中の『誰か』?


 一瞬だけ浮かんだ疑問。

 それはすぐに風に吹き流された。


 霞は、舞った。

 葉団扇は、もはや武器ではない。

 それは、風と雷を呼ぶ『呪具』となった。


 一振りで、蜂の群れが、カナブンの羽が、カマキリの刃が、風に切り裂かれた。


 蹂躙。

 それは、戦いではなかった。

 それは、祭りだった。

 狂気の祭り。

 風と雷が踊り、哄笑が吹き荒れる。


「これが、あたしだよ。これが、葉隠霞の『気根』だ。見てろ。全部、壊してやる」


 それは、彼女の奥底に眠っていた『根』のような力。

 風と雷の源であり、彼女の本質を支える『気の根』。

 霞は、それを今、解き放とうとしていた。


 ──風が、彼女の名を忘れようとしていた。

 雷が、彼女の心を焼き尽くそうとしていた。

 狂気か、霞か。

 その境界は、もう風に流されていた。


 風は、もう背を押してくれない。

 今は、彼女の足元を試すように吹いている。



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