第47話 最下層の討伐者たち⑥
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後詰の無力化が終了した。
残るは先駆け5パーティと本隊のみだ。
最高戦力である本隊と相対する前に、彼らをできるだけ丸裸にしておきたいところだ。
そのため、次に狙うのは先駆けとなる。
本隊の露払いをしているメインの者たちではなく、そのサポートをする者たちだ。
メインルートを通っている者たちではなく、その左右を進むことでモンスターを面制圧する役割の者たちのことである。
右——右翼から潰すとしよう。
向かわせるのは64階層在来のモンスター(改)だ。
なにが『改』かと言えば、カエル女を生み出した『再生虫』である。
残りのモンスター全てに仕込んだ。
これをぶつける。
どのくらいのダメージまで耐えられるのかは、わからない。
だが、これまでと違うことは確実だ。
「舞台は整えた。役者もやる気十分。さあ、開演だ」
こうして、『レイド失敗』という舞台の何幕目かが始まった。
「属性がコロコロ変わりやがる!」
先駆けの右翼リーダーが、忌々しげに吐き捨てた。
最初の敵は属性が昨日とは逆だった。
彼のパーティでは怪我人が出ただけだったが、メインルートの露払いを請け負うパーティでは死者が出たらしい。
その情報が入ってしばらく後に遭遇した敵は昨日と同じ属性だった。
最初の戦いと同じく、怪我人を出しながら倒した直後。
露払いの二陣に被害が出たと一報が入る。
先陣は全滅したらしい、と。
『らしい』というのが、腹立たしい。
そして、今だ。
階層の終盤に入った辺りから、属性がデタラメになっていた。
昨日と同じでも逆でもない。
最初は間違いかと思った。
だが、違う。
何度か戦ってわかった。
本当にバラバラ。
ランダムになっている。
毎回毎回、相手の属性を探りながら戦わなくてはならない。
そのことが、地味に精神力を削っていた。
「敵!『ミヤマ』!」
索敵担当からの警告。
歩調を緩め、『受け』の姿勢になる。
後方では魔職のメンバーが魔法の詠唱に入った。
打ち合わせた動きだ。
各々が別属性の魔法を用意。
実際に当ててみる。
様子見なので、威力の低い初級魔法だ。
属性がわかれば、即座に倒すための魔法に切り替える。
まどろっこしが、堅実な戦略だった。
この慎重さが、このパーティリーダーの特徴である。
そのおかげで、他パーティが軒並み死人を出している中にあって、彼のパーティだけ死人を出さずに済んでいた。
「接敵!」
敵、『ミヤマクワガタ』の登場だ。
とはいえ、音だけだ。
薄暗い通路の奥から現れる黒い体。
視認は難しい。
どうしても、音が先行する。
「魔法、いきます!」
魔職女Aが音頭をとった。
他の魔職や属性魔法持ちとタイミングを合わせるためだ。
炎、風、土、水の順で魔法が飛ぶ。
これで属性がわからなければ、光と闇の用意もある。
メインを張るほどの威力はないが、弱点に刺されば効果は出るはずだ。
「属性確認! 風!」
索敵担当からの報告を受け、風の魔法持ちが一斉に詠唱に入る。
他のメンバーは『盾』だ。
詠唱が終わるまで、ひたすら耐える。
「魔法、撃ちます!」
魔職の合図で『ミヤマ』を押し返して、引く。
体を掠めるようにして、魔法が飛んでいく。
属性確認はした。
弱点属性の魔法だ。
しかも、数発続いて撃ち出されている。
一撃ではない。
外れもない!
全弾当たった。
『ミヤマ』はひっくり返っている。
『仕留めた』。
また1戦、片が付いた。
リーダーが静かに息を吐く。
メンバーに犠牲を出さなかったことへの安堵がある。
ザシュ!
「ぐ、ぐは!?」
リーダーの体がくの字に曲がった。
目が驚愕で見開かれた。
眼下に『ミヤマ』の頭部がある。
「ぼか、な」
胸部から下が数メートル先にあった。
『ミヤマ』にあるはずのない『首』ができていた。
筋肉繊維らしき、白いモノの束だ。
元からあるものとは見えなかった。
急遽、無理矢理に作りだした感がある。
そして、その感想は正しい。
『ミヤマクワガタ』は確かに倒されていた、倒されていたが消滅するより早く『再生虫』が活動を開始。
落ちかけていた頭部を繋ぎ止めようと、筋肉繊維を伸ばした。
同時に、『ミヤマ』の頭部は敵への攻撃を再開。
その結果が現状だ。
それは、死を終わりにしないための演出だった。
誰かが、そう仕込んでいた。
「く、グゥゥ!」
腰を挟まれたリーダーが苦悶する。
ギチギチと、ハサミが縮まろうしていた。
リーダーは大盾装備のタンクだが、大盾以外は軽装だ。
胴装備は学生服だけだった。
それも、動き易いようにと、裾の短い俗に言う『短ラン』だ。
だから、挟まれたのはワイシャツの部分。
強度は低い。
「あぐっ!」
白いワイシャツに血が滲んでいく。
容赦なく、ハサミが食い込む。
そして、それは一瞬のこと。
ハサミが閉じた。
「いやぁぁぁっ!」
サブリーダーの慟哭。
手や体が赤く染まるのも構わず、リーダーを抱き寄せる。
◆
「いやぁぁぁっ!」
サブリーダーの声が、通路に吸い込まれていく。
血に染まった腕を震わせながら、リーダーの体を抱き寄せた。
その胸は、もう動いていない。
でも、彼女は耳を寄せて、鼓動を探した。
「・・・うそ・・・」
彼の背中は、いつも遠かった。
誰よりも前に立って、誰よりも冷静で、誰よりも頼れる人だった。
だから、彼女はその背中を見ているだけでよかった。
それが、安心だった。
それが、憧れだった。
「ねえ・・・こんな時に、気づかせるなんて・・・ずるいよ」
彼の体温は、まだ残っていた。
それが、彼女の中にあった『好きかもしれない』という気持ちを、静かに揺らした。
でも、もう届かない。
もう、言葉にする意味もない。
「あなたの背中、ずっと見てたんだよ・・・」
彼の血が、彼女の制服に滲んでいく。
白い布が赤に染まるたび、彼女の心にも、何かが染み込んでいく。
それは、後悔だった。
それは、言葉にしなかった気持ちの残響だった。
「・・・ありがとう。ずっと、前にいてくれて。私、勝手に安心してた」
周囲の音が遠ざかる。
戦場の喧騒も、仲間の叫びも、今は耳に入らない。
彼女の世界には、彼の静けさしかなかった。
彼女は、そっと彼の手を握る。
その指は冷たくて、でも、確かに彼だった。
「・・・もう少しだけ、見ていたかったな。あなたの背中」
彼女は、動けなかった。
でも、彼を抱きしめる腕だけは、離さなかった。
それが、彼女に残された最後の距離だった。
◆
『ミヤマ』は今度こそ、灰になった。
むやみに伸ばされた首は無防備で、索敵担当が振り下ろした剣の一撃で事足りたのだ。
「はぁはぁ」
無駄に力が入ったのか、肩で呼吸している。
「っ!?」
身構える暇はなかった。
索敵担当が索敵をしなかった間に、新手が接近していたのだ。
再びの『ミヤマクワガタ』の来襲。
索敵担当者は警告を発っしなかった。
彼の喉には新たに口が開いていたが、この口は声を発することがなかったから。
代わりに、血を噴き上げている。
「な、あ。て、敵襲! 属性確認!」
リーダーはもちろん、サブリーダーも動かない。
索敵担当も。
唯一動ける男子が、我に返って指示を出す。
「ま、魔法じゅ、準備!」
動きあぐねていた魔職女たちが詠唱に入る。
「ひぎゃ!」
悲鳴が上がった。
魔法の詠唱に入った彼女たちを、誰も守っていなかった。
このパーティではリーダーが頼れる盾役で、常に誰よりも慎重に行動する。
最初であり、最後でもある防壁。
リーダーが不在の前提は考慮されたことがない。
他のメンバーが動けないことを想定しての訓練はしたことがある。
だが、リーダーがいない前提の訓練はしていない。
誰もカバーに入っていなかった。
連携が崩れている。
「あ、そ、そうか」
慌てて男子がリーダーの大盾を拾いにいく。
「ちょ!」
当たり前だが、『ミヤマ』に待つ理由はない。
近接職の抜けた穴が、すかさず埋められた。
敵によって。
ゴトン!
杖を構えていた腕が、杖を握ったまま床に落ちる。
防御が、崩れる。
「属性確認!」
魔職女をまとめる女が声を張り上げた。
だが、返事はない。
一人は落ちたモノを見詰めて呆然としている。
もう一人は、視線を索敵担当に向けてガタガタ震えていた。
攻撃も、崩れている。
「う、うわぁぁ!」
盾を拾った近接職が挑みかかり。
「ほ、炎で消えて!」
火属性魔法の使い手が火魔法を放つ。
残念ながら、弱点ではなかったらしい。
『ミヤマ』は立ち向かう近接職にのしかかる。
すべてが崩れていた。
慌てて撃ち出された魔法が、近接職をも巻き込んで燃え上がる。
「あ」
取り返しのつかない事態を目の当たりにして、魔職女の膝が折れた。
眼前に『ミヤマ』が迫る。
もう、崩れるものすらなくなっていた。
それでも、火は役目を果たした。
弱点ではなかったが、得意属性でもなかったようだ。
結果的に、『ミヤマ』を倒すことには成功した。
ただし、終わったとき、立ち上がれる者はいなかった。
「あは、あはははは・・・」
通路にサブリーダーの乾いた笑い声がこだましていた。
立つことも、リーダーの体を抱えることもできなくなった体で。
彼女は気付けなかった。
動けないまでも触れ続けている体の下で、リーダーにはまだ意識があったことを。
◆リーダー視点◆
「ぐ、ぐは……」
視界が傾いでいく。
音が遠ざかる。
でも、痛みだけは鮮明だった。
胸の奥が焼けるように熱い。
それは、傷のせいじゃない。
自分が、真っ先に倒れたことへの悔しさだった。
「・・・俺が・・・一番に・・・」
盾であるはずの自分が、最初に崩れた。
仲間を守るはずだったのに。
誰よりも慎重に、誰よりも冷静に、そうやって築いてきた連携が、今、音を立てて崩れていく。
「・・・ああ、やっぱ・・・俺がいないと、こうなるんだな・・・」
魔職が叫ぶ。
索敵が沈黙する。
誰もが、動けなくなっていく。
それは、彼がいなくなったから。
それは、彼が『いなくなった時』のことを、考えていなかったから。
「・・・俺が・・・教えておくべきだった・・・」
自分がいなくても、動けるように。
自分がいなくても、守れるように。
そうしておけば、こんなことにはならなかった。
それが、今さらになって胸を締めつける。
必要なことだとはわかっていた。
だけど、いざ口にしようとするとなぜか言い出せなかった。
『俺が守ればいい』。結局はそう言い聞かせて、うやむやにしてきた。
そのツケが来ている。
最悪の形で。
「・・・ごめんな・・・・・・」
誰に向けた言葉かは、わからなかった。
でも、腕の中に感じる温もりが、彼の心を揺らした。
サブリーダーが、震える手で彼を抱き寄せていた。
血に染まりながら、声も出せずに。
その腕は、弱くて、でも確かだった。
「・・・お前・・・泣いてるのか・・・・・・?」
彼女の顔は見えなかった。
でも、頬に触れる雫が、彼にすべてを伝えていた。
「・・・ありがとな・・・・・・」
その言葉は、声にならなかった。
でも、彼の心の中では、何度も繰り返された。
ありがとう。
最後に、俺を抱きしめてくれて。
最後に、俺のことを見てくれて。
最後に、俺の盾になろうとしてくれて。
「・・・お前なら・・・・・・きっと・・・・・・」
その先の言葉は、もう出なかった。
でも、彼の瞳には、サブリーダーの顔が映っていた。
涙で濡れたその瞳が、彼の最後の希望だった。
そして、彼の視界は、静かに閉じていった。
◇
「待望の『ラブロマンス』かな?」
確か、それを望んだ奴がいたよな?
カルマがウィンドウから目を上げて問う。
答えはない。
「でもさ、彼らは幸せだよ」
『シデムシ』や『メガネウロ』を回収に向かわせる冷たい背中に、周囲に待機している『妖怪たち』に、カルマは囁いた。
「オレの死には、誰一人涙をくれなかったからね」
「「「「「「?!」」」」」」
◇
左翼も、状況は同じだった。
リーダーがよく言えば大胆。
悪く言えば無謀。
右翼よりも崩れるのが早かった。
後詰に続いて、先駆けも壊滅したことになる。
正確には、先駆けB班の5人はまだ活動中だ。
露払いを続けている。
だが、36人いた中の5人だ。
壊滅と言って間違いはあるまい。
◇
空虚な笑いが木霊する通路。
サブリーダーは血に染まった盾を、そっと拾い上げた。
それは、涙の代わりに、彼の背中を継ぐためだった
盾は重かった。
だからこそ、彼女は踏ん張れる。
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