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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
学園祭編

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第29話 『回廊』

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 生徒会の歩みは続いている。

 階層は25まで来た。


「なんで廊下にバケツがあるの?」

 澪が首を傾げる。


 掃除しようというには入っている水はきれいで、量が少ない。

 しかも、二つある。

 誰かが持って立っていたかのような間隔で並んでいる。


 教室から、教科書を音読する声が、かすかに聞こえた気がした。


 廊下の空気が、どこか煤けていた。

 石炭の燃える匂いが、ほんのりと鼻を刺す。


 こんな匂い、学校では一度も嗅いだことがないはずなのに。


 曲がり角の先で、カタ、カタ……と金属が揺れるような音がした。

 石炭ストーブの上で、やかんが震える音に似ている。


 誰も聞いたことのない音だ。


 廊下の窓が、また小さくなったような気がする。

 ところどころ鎧戸がはまっている。

 割れたガラスに新聞が貼られてもいる。

 新聞紙は黄ばんでいて、日付が昭和のまま止まっていた。


 風が吹いた。

 だが、新聞は揺れなかった。


「ねぇ、あれ、なに?」

 澪が指差したのは、小さなブリキ缶だった。


 教室の“誰か”の席に、ひっそりと置かれている。

 中には、紙素材のコインのようなものがぎっしり詰まっていた。

 赤や青の一色刷りで、簡素な意匠が印刷されている。

 真ん中には、日付らしい数字。


「見たことある気がする」

「確か……牛乳のふたっすか?」

「それだ。昔、どこかの日帰り温泉で飲んだ瓶入り牛乳のふただ」

 陽翔が言うと、朔也も覗き込みながら頷いた。


「なんか、たくさん入ってるけど……何のため?」

「さぁ」

 二人が揃って首を傾げる。


 ブリキ缶の下の机だけ、ほんの少し古い。

 ニスが剥げ、角が丸く、木目が黒ずんでいる。

 まるで、この席だけ“昭和の誰か”が座っていたように。


 窓の外から、石炭ストーブの匂いが流れ込んできた。

 やかんのカタカタ揺れる音が、遠くで小さく響いている。


 誰も、その音が現代の学校には存在しないはずだということに気づかなかった。

 陽翔と朔也が揃って首を傾げた、そのときだった。


 廊下の奥で、コロ……コロ……

 と、乾いた音がした。


 フラフープがひとつ、ゆっくり転がってきた。

 色は褪せた赤と白の縞模様。

 昭和の体育倉庫にありそうな、古いタイプ。


 誰も触っていない。

 誰も投げていない。


 ただ、廊下の奥から転がってきた。

 止まる直前、フラフープは“誰かの足元で止まったような角度”で傾いた。


 けれど、そこには誰もいなかった。

 石炭ストーブの匂いが、また少し強くなった。

 廊下の奥に、何かが立てかけられていた。


「……あれ、なんだろ?」

 陽翔が目を細める。

 近づいてみると、それは空き缶に穴を開け、紐を通しただけの、奇妙なモノだった。


「あー…確か竹馬っすね。昔の遊びっす」

「竹?」

「竹より簡単に手に入るようになった缶詰の缶で作ったものっす。音が金属になってかっこいい…んじゃねぇすか?」

 簡素な“空き缶竹馬”だった。


 昭和の子どもが遊んでいた、あの手作りのやつだ。

 缶は赤茶けていて、ところどころ錆びている。

 紐は綿のより糸で、少しほつれていた。

 缶の底には、薄く「○年○組」と油性ペンの跡が残っている。

 数字はかすんでいて判別できない。


「こんなの、今どき見ないよな……」

 陽翔が呟く。


 見ない以前に、彼の記憶にあるはずのないものだ。

 違和感なく、受け入れてはいるが……。


 二つの缶は、まるで“誰かがさっきまで乗っていた”かのように、廊下の真ん中に、きちんと揃えて置かれていた。

 だけど、ふと目を離して見直すと、片方が横倒しになっていた。

 誰もいないのに。


 石炭ストーブの匂いが、また少し強くなった。

 やかんのカタカタ揺れる音が、遠くで小さく響いている。

 その音は、今の学校には存在しないはずの音だった。

 澪が小さく息を呑んだ。


「……ここ、なんでこんなに無駄にリアルなの?」

 誰も答えなかった。


 やがて、生徒会は『入れる教室』を発見した。

 『生徒会室』だ。


 そこで生徒会が見つけたのは、古びた布張りの冊子だった。

 表紙には、金色の文字で『出席簿』と書かれている。


 角が丸く、紙はざらついている。

 開くと、昭和の字体で名前が並んでいた。

 日付は、昭和四十七年で止まっている。


 問題はその『名前』だ。

 ほとんどが滲んで読めない。

 墨が流れたように、輪郭が崩れている。


 なのに、いくつかの名前だけは、妙にくっきりと残っていた。


「颯真」

「心桜」

「結愛」


 昭和ではありえない、令和にしか存在しない名前だった。


 澪が息を呑む。


「……なんで、こんな名前が昭和の出席簿に?」

 誰も答えなかった。


 廊下の奥で、やかんがカタカタと揺れる音がした。

 その音が、さっきより近い。


「『名簿に名前が戻ったらどうなるか』……増えることは考えてなかったな」

 陽翔が呟く。


 あったはずの名前が消えて、あるはずのない名前が書きこまれている。

 滲んでいた文字が、見ている間にゆっくりと輪郭を結んでいく。

 昭和の字体の中に、令和の名前だけが異様にくっきりと浮かび上がる。


「……今、また増えたぞ」

 陽翔がページを押さえた指を震わせる。


「なんで?」

「……考えてわかるのか?」

「わかりたくないっす」

 名簿の紙が、かすかに呼吸するように波打った。


 まるで“誰かが書き足している”のではなく、

 名簿そのものが名前を欲しがっているかのように。


 名簿の空白が埋まり始める。

 誰の名前かはわからない。

 影の生徒が増える。

 美術部の作品が“誰かの顔”を吸う。


読了・評価。ありがとうございます。


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