表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
学園祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

379/381

第28話 『進み続ける』

1/3

 


 ◇野球部◇


 グラウンドに砂煙が立ちこめていた。

 タイヤを引きずる音が、夕暮れの校庭に響く。


「声出せぇぇぇい!」

 鬼の先輩が竹刀で地面を叩く。

 その姿は、どこか“昔の漫画”のコマ割りのように見えた。


「はいっ! はいっ!」

 選手たちは笑っていた。

 苦しいはずなのに、笑っていた。


 次はうさぎ跳びだ。

 膝に砂利が食い込み、足が震える。

 それでも、誰も弱音を吐かない。


「根性だ! まだいける!」

 鬼の先輩の声に、選手たちが応える。


 マネージャーがタオルを配って回る。

 そのタオルの端に、いつの間にか『一桁の市外局番から始まる電話番号』が刺繍されていた。


 昼前までは市外局番が二桁だったはずだ。

 昨日はフリーダイアルの電話番号だった。

 どんどんと古くなっている。


 誰も気づかない。

 気にしない。


 バケツの水を頭からかぶる。

 砂が肌に張り付き、汗が流れる。

 それすらも青春の一部のように思えた。


「明日も走るぞ!」

「おう!」

 夕焼けが、彼らの影を長く伸ばす。

 その影は、どこか“昭和の雰囲気”を滲ませていた。


 誰も気づかない。

 気づく必要もなかった。

 野球部はただ、昭和の青春へ向かって走り続けていた。


 マネージャーの握るストップウォッチが、針式に変わっていた。

 彼女の目の奥で、『誰か』が見た『昭和』がよみがえっている。


 ◇美術部◇


 キャンバスに向かい、油絵の具を塗り重ねる。

 筆先が布地をこする音が、妙に大きく響いた。

 油絵の具の匂いに慣れた鼻が、むずむずする。


『絵って、こうやって描くものだっけ?』

 筆を置いた一人が、眉をひそめた。


 右手が、一瞬だけ“マウスをクリックする”ように指を動かす。

 その癖が、もう何に由来するのか思い出せない。

 描いているのはビーナスの石膏像だ。


「こんなの、教科書にしかなかったよね?」

 そう思うのに、準備室から選んで運んできたのは彼女自身だった。


 ニケのほうが簡単かも、と一瞬悩んだ。

 でも、気づけばビーナスを選んでいた。


 理由はわからない。

 ただ“そうするべきだ”と思った。


 油絵具の匂いが強い。

 令和の美術室ではほとんど嗅ぐことのない、重たい匂いだ。

 換気の術が『窓を開ける』だけなので、臭気がこもったままだった。

 窓の外の光が弱く、室内はどこか薄暗い。


「ちょっと、外の空気吸ってこよう」

 汚れた筆を洗うための水の入れ物を手に、美術室を出る。


 廊下に出た瞬間、空気がひんやりとした。

 背後の美術室から、誰かの声が聞こえた。


「……この石膏像、前からこんな顔だったっけ? もっとこう……」

 返事はなかった。

 ただ、油絵具の匂いだけが、廊下まで流れてきた。


 ◇同好会◇


 同好会のメンバーは、校庭の隅で草をむしっていた。

 全部抜いたら、体育館の使用許可がもらえるのだ。


「これ、なんかおかしくね?」

 誰かがぼやく。

 違和感があった。


 だが、手は止まらない。

 止める理由もなかった。


 その体育館では、別の同好会が床を磨いていた。

 ワックスの匂いが強い。

 今どきの学校ではほとんど嗅ぐことのない匂いだ。


「終わったら、商店街の荷物運びも頼まれてるってよ」

「へぇ……なんか、昔の漫画みたいだな」

 そう言いながらも、誰も違和感を深く追及しない。

 汗を拭ったタオルの端に、個人名入り商店の店名”が刺繍されていることにも気づかない。

 同好会はただ、活動を続け部に昇格するために働き続けていた。


 ◇金儲け組◇


 通貨を探し続けていた。

 誰も声をかけない。

 お互いがライバルで、敵で、障害だった。


 会話は失われていた。

 顔を合わせることもない。

 挨拶なんて、とうの昔に消えていた。


 ひたすら通貨のありそうな場所に潜り込み、なければ次へ移動する。


 その繰り返し。

 表情がなくなっていく。

 行動が均一化していく。

 歩き方も、視線の動かし方も、まるで“同じ人間”が複製されたようだった。

 名前が失われていく。


 呼ぼうとしても、喉の奥で音が消える。

 思い出そうとしても、輪郭がぼやける。


 “あいつ”

 “あの人”

 “誰か”


 そんな言葉だけが残った。

 通貨を拾う音だけが、静かな校舎に響いていた。


 ひとり、またひとり。

 数が減って、影と足音が増えていく。


 ◇生徒会◇


 生徒会は階段を降りていた。

 校舎の空気が、昨日より少しだけ重い。


「……なんか、変じゃないか?」

 誰かが呟く。


 だが、その“変”が何を指すのか、

 誰も言葉にできなかった。


 廊下の奥で、笑い声がした。

 鉱石ラジオから流れてきたような、ノイズ入りの古い笑い声。

 振り返ったときには、もう誰もいなかった。


 ほんの一瞬だけ、廊下の蛍光灯が“白熱灯の色”に揺れた。

 誰も気づかなかった。



読了・評価。ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ