第30話 『文化祭』
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生徒会は30階層へと到達した。
予想通り、クエストが出た。
『文化祭を盛りあげろ!』
展示物を揃え、文化祭を賑やかすのだ。
だが――――
「なんか、人が少ない気がするっす」
「…明らかに減ってるだろ」
静かに訂正する陽翔。
生徒会が30階層にきて四日経つ。
なのに、集まっているのは野球部と美術部、二つの同好会。
全員集めても、生徒会を入れても、80名。
半分以下になっている。
「奉仕活動組はまだ畑耕しているのかもしれませんよ?」
魔法使いが言う。
確かに、その可能性はある。
「…‥あの写真ね?」
文化祭の展示ブース。
ありもしない『写真部』のパネル展示がある。
探索者たちの、ダンジョン内でのスナップ写真だ。
入学式。
運動会。
球技大会。
各テスト。
部活の練習風景などが並んでいた。
その中には、奉仕活動組が広々とした畑を黙々と耕す写真もあった。
輪郭がぶれ、一人一人が三人くらいになって見えるような写真だ。
入学式の写真では、600人くらいが出席している白黒のものがあった。
古臭い詰襟の学生服、足首まである裾の長いスカートの『在校生』。
いなかったはずの者たちが『いる』写真だ。
「こんなので、クエストは――――」
文化祭を盛りあげられそうにない。
失敗か?
不安になるが、そうはならない。
『文化祭が無事開かれました。
報酬:31階層への扉と1階層へのベルトコンベア』
「は?」
「ベルト…なに?」
戸惑う声が続いた。
意味は簡単なことだった。
30階層から1階層へとモノを運べる仕組みが解禁されたのだ。
双方向ではなく片道。
「ここで買った物を、私たち自身が戻らなくても『外』へ送れるわけですね!?」
30階層にも購買部はあった。
しかも、ランクが上がってもいる。
これを、外へ送れるなら――
千歳の目が据わっていた。
政府から受けた密命が声高に告げている。
これを探していた、と。
このダンジョンの有用性が、際立ち始めていた。
彼らは気付かない。
ベルトコンベアの左右で、黒い影が蠢いていることに。
見えない何かを載せていることに。
ベルトコンベアは、『必要なモノだけ』を運ぶとは限らない。
乗せられれば『いらないもの』も運ばれてしまう。
令和の『選別機能付き』とは違うのだ。
◇カルマ◇
「昭和に戻す。何が狙いなの?」
文化祭の様子を覗き見ながら、悠が問う。
「この時代が、オレには合わない気がしててね」
裏切られ、捨てられた経験が、カルマの中に“人と人を結ぶ絆”への渇望を生んだ。
彼が求める昭和は、現実の歴史ではない。
映画やドラマ、漫画の中で描かれた、暴力もあったが情も深く、ガキ大将がクラスをまとめ、いじめも“殴って終わる”ような曖昧な温かさを持つ世界。
それに比べて令和は、味方か敵かが一瞬で線引きされ、一度切り捨てられれば戻る場所もない――
そんな冷たさに満ちているように、カルマには見えていた。
だからこそ彼は、“献身”と“共同体”が当たり前だったと信じられていた昭和の学校へ、この迷宮を戻そうとしている。
『現代』の効率に殺された。
『現代』の無関心に。
『現代』の利己主義に。
だから——
カルマは戻す。
『古い時代』に。
『映画や漫画の中の曖昧な昭和』に。
「焼きそば、うまいな」
真剣な顔で話し合う生徒会を見やる。
木のベンチが、いい感じに硬い。
ささくれはないが、削りが荒いゴツゴツ感がある。
幼児や高齢者が不用意に触れても傷つかない、気づかいされた現代のベンチにはない感触だった。
よそよそしい優しさのない、気づかいがない暖かさ。
「器がタッパーじゃなく、『お皿』なのがびっくりです」
プラスチック容器ではない。
紛れもない陶器だ。
無駄に重いし、使ったら返さないといけないわずらわしさもある。
でも、だからこそ、店主とのつながりが感じられる。
渡されたら終わり、あとはゴミ箱へ、そんな素っ気なさはない。
なんなら、洗って返そうか、そんな自由がある。
実際、そこかしこで『奥ゆかしすぎる生徒たち』が、『影が濃い生徒たち』が自己判断で手伝い始めている。
無償で。
1と0の時代にあって、このダンジョンでは2も7もある。
小数も、分数もある。
緩い価値観。
中途半端な正義。
答えを作らない文化。
「ここでなら、息を吸えそうだ」
カルマは背もたれに寄りかかり、空を見上げた。
気持ちよさそうに深呼吸をする。
彼を囲む者たちが、頬を緩めていた。
カルマが空を見上げ、深く息を吸い込んだ、そのときだった。
――カラン……カラン……。
どこか遠くで、鉄琴の音がした。
文化祭のBGMとして流しているのだろう。
だが、その音は途中でひび割れ、
金属が欠けたように、ところどころ途切れていた。
カラン……カ、……ラン……。
放送室のスピーカーが震えている。
昭和の校舎にあった、あの丸いスピーカーだ。
誰も触っていないはずなのに。
音は、ゆっくりと近づいてくる。
廊下の奥から、階段の下から、まるで“誰かが鉄琴を持って歩いている”かのように。
カラン……カラン……カ……ラン。
生徒会の誰も、その音に反応しなかった。
気づかないのではない。
気づく必要がなくなりつつあるのだ。
カルマは目を閉じた。
そのひび割れた鉄琴の音を、懐かしいものを聞くように、静かに受け止めていた。
迷宮は、昭和へ戻り続けている。
第31話(終幕)
文化祭当日。
昭和の生徒たちの笑い声。
展示室に“新しい名札”。
誰の名前かは読めない。
生徒会は出口へ向かう。
背後で、影の教室の扉が“ガラッ”と開く。
終わり。
読了・評価。ありがとうございます。
これにて、完結とさせていただきます。
お読みいただき、ありがとうございました。




