第26話 『置引』
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「校舎もたいがいだが…プールもひでぇな」
ひろが『お客様』のお相手をしていた同時刻。
別の場所でも、舞台の幕が上がろうとしていた。
彼らが見つけたのは水を湛えた正四角形。
長細いものではないから堀とは違っている。
材質はコンクリート。
外壁には苔が張り付き緑色。
水面には木の葉が無数に浮いていた。
風の音が寒々しい。
「これ、プールか?」
一人が疑問を口にする。
プールにしてはおかしくないか?
「こんな真四角な池はねぇだろ!」
プールだと決めつけた男が頭ごなしに怒鳴りつけた。
そして、イヤそうな顔をしつつも、服などの装備を外して、飛び込んだ。
通貨を入れるための袋だけを持って。
「どうする?」
「潜ってはみないとな」
確認は必要だろう。
ついてきた者たちも、モタモタと装備を外し始めた。
誰一人、見張りの必要性に言及する者はいなかった。
彼らは、ここが『ダンジョン』であることを忘れてはいない。
ただ、舐めまくっていた。
彼らは気が付かない。
適当に置いた荷物に『腕だけ』、『足だけ』が張り付き、どことも知れぬ場所へ這い、歩いて行くことに。
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「チッ! やっぱなんもねぇ!」
後から入った者たちが戻ってくる。
プールではないんじゃないか?
不審に思っていた分だけ見切りをつけるのが早かったのだ。
そして、荷物がなくなっていることに気づく。
「はぁ?」
「なんでなくなってんだ?」
騒ぎ出す男たち。
そんな中、一人が呟きを落とした。
「置引?」
「?!」
「盗まれたってのか?!」
バカな!
そう思いつつも、他に答えも出ない。
「犯人は誰だ?」
当然の問いが沸き上がった。
荷物が消えた理由が『盗まれた』なら、犯人がいるはずなのだ。
「…‥外からは来ていないし、出た者もいないぞ」
一番外に近い男が言った。
「なぜわかる?」
「足跡だよ」
強い問いに、男は静かに答えて、真新しい自分たちの足跡を指差した。
自分たちが来た時の足跡はくっきり残っている。
だが、それ以外には何の痕跡もなかった。
代わりに、荷物があったはずの場所は、全員でウロウロしたせいでぐちゃぐちゃ。
痕跡が残っていたとしても、判別不可能となっていた。
「チッ! 失敗したな」
「……わざとじゃないのか?」
「何が?!」
「自分の痕跡を消すために、わざと動き回らせた……とか?」
おまえが犯人じゃないのか?
そんな目が向けられた。
「な、なんで俺が?! だいいち、今、一緒に戻ってきただろうが!」
「中に入ってすぐ、ここにきて荷物を隠して戻ったなら、あり得る」
初めから計画していたのなら『やれる』との指摘。
「……ああ、なるほどな」
追いつめられたかのように見えた男が、ニタリと笑う。
「なんだ? 言訳でも思いついたのか?」
冷たく追及する男の鼻先に指が突き付けられた。
「計画的ならやれる。どうして断定できるんだ? 実行してみたからか?」
言い出した者こそが真犯人だ!
疑いが返された。
「ガキの反論だな」
ハン!
鼻で笑い飛ばされた。
「あ゛、んだとごら!」
剣呑な声が出た。
「本性が出たな、おお、こわ!」
冷笑を閃かせつつ、大げさにコワがる仕草をしてみせる。
挑発する意図がハッキリと見て取れた。
「答えろよ。計画的ならやれるって、どうして断定できるんだ? 実行してみたからじゃないのかよ?」
挑発するように言われ、男の眉が跳ね上がった。
「は? おまえ、何言ってんだよ。俺が盗んだってか?」
「言ってるのはおまえだろ。自分で“できる”って言ったんだ」
「理屈になってねぇよ!」
声が一段階、荒くなる。
周囲の空気がピリつき始めた。
「じゃあ聞くが、誰がやったんだよ? おまえ以外に誰がいる?」
「知らねぇよ! そもそも俺はずっと一緒に潜ってたろ!」
「潜ってた“ふり”だろ。荷物隠して戻ってきたって線もある」
「ふざけんな!」
男が一歩踏み出す。
その足音が、やけに大きく響いた。
「おいおい、図星つかれたからってキレんなよ。余計怪しいぞ?」
「テメェ……!」
胸ぐらを掴もうと手が伸びる。
相手はひらりと避け、鼻で笑った。
「ほら見ろ。やっぱり本性出たな。盗っ人の顔だよ、それ」
「言わせておけば……!」
「言わせてるのはおまえだろ? そんなに怒るってことは、やっぱり――」
「黙れって言ってんだろうが!!」
怒鳴り声が水面を震わせた。
苔むした壁に反響し、異様に響く。
二人の距離は、もう腕一本分もない。
「やる気か?」
「やらせてんのはおまえだろ!」
互いに肩で息をしながら睨み合う。
その背後で――
“何か”が、静かに這う音がした。
だが、二人は気づかない。
怒りで視界が狭くなっていた。
「いいぜ。やってみろよ。俺は逃げねぇからよ」
「後悔すんなよ……!」
二人の手が、同時に武器へ伸びた。
その瞬間――
彼らの足元を、白い“腕”がすっと横切った。
誰も気づかないまま、
口論はさらに熱を帯びていく。
『なんで俺、こんなに苛立ってんだ?」
『なんでこんなケンカ腰なんだ?』
内心、異常を感じてはいても、言葉は止まらない。
そして、ついに――
「なめた口きいてんじゃねぇぞ!」
ドン!
手が出た。
相手の胸を軽く小突くつもりが……思い切り殴るという形で。
「——グ! やりやがったな!?」
ザン!
反射的な反応だっただろう。
あまりにも自然に抜き放たれた剣が光の軌跡を描いた。
赤い霧が舞う。
「は?」
赤く染まった男が間の抜けた顔で、自分の体を見下ろした。
「なんだ……これ?」
呆然とした呟き。
からの……
「なんじゃこりゃぁあぁぁぁ!」
激高。
周囲の土が円錐状に固まった。
無意識レベルの魔法行使が、最大魔力での全力レベルで行われた。
ありえないことだった『誰か』が調整を手伝ってでもいない限りは。
「お、おい、待て!」
「何やってんだ、おまえら?!」
他の者たちが慌てて止めに入る。
だが、もう魔法は完成している。
もう、引っ込めることなど不可能。
魔法は撃ち出された。
至近距離。
避けようがなかった。
「ウソ……だろ?」
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