第25話 『おいてけ』
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『水辺』一番乗りAの場合。
「よっしゃ! 水だ!」
水を湛えた一画を見つけ、すかさず飛び込んだ。
一息に底まで潜る。
迷宮通貨は見当たらなかった。
「なんだよ! ねぇじゃねぇか?!」
底一面に通貨があると思っていた彼は怒声を上げた。
「残念。ここはプールじゃなくて。堀だよ?」
水から上がったAに『誰か』が声をかけた。
「なんだ、そりゃ!」
プールだと思っていたら堀。
ふざけるなと罵声を吐く。
「そう。堀なんだよ」
「あ?」
声は足元からした。
「……」
下から見上げる女と目が合った。
なんで、こんなところで寝そべってんだ?
疑問を感じると同時に、気が付いた。
腰から下がない…と。
「あ」
女が、なにかを思い出したような声を上げた。
悲鳴を上げかけていたAが思わず声を飲み込む。
「決め台詞があるんだった。えーっと……」
「は?」
なに?
セリフ?
頭がフリーズしたのか、Aは疑問を量産し続けている。
「うん。んとね……」
口が三日月のようになった。
そして――
「おいてけー!」
「ひっ!?」
静かな口調から一転。
思い切り叫ばれた。
「うん。おいてけ……おいてけ?」
自分が言った言葉で首を傾げている。
「ああ」
なにを納得したのか、うなずいている。
「おい『てけ』、おい『てけ』……これも『テケテケ』だね!」
ニカっと笑う。
「…は?」
混乱しっぱなしのAは反応できない。
「え? あ? テケテケ?」
フリーズした脳を必死に動かしているのだろう。
Aの目がせわしなく動く。
女はジッと待っている。
「あ!?」
Aの目が女のありはしない腰を捉えた。
「テケテケ?」
自信のなさそうな呟きが零れ落ちる。
怪奇話など、もう十数年耳にしていない。
興味を持ったこともないからだ。
「正解!」
女が拍手した。
「テケテケの園下ひろだよ。よろしくね!」
明るく名乗られた。
状況との明度差がありすぎる。
意味が分からなかった。
「で、ここは堀なんだよ」
何度か聞いたフレーズが足を這いあがってくる。
「だから、私はこう言わないといけないの」
肩をすくめるような仕草をして…。
「おいてけ―!」
低い声で叫ばれた。
「な、何を?」
そんな場合じゃない!
悠長に話してないで逃げろ!
本能も感情も、知性も。
何もかもが、そう怒鳴る中。
Aは動けなかった。
足が震えている。
一歩でも動いたら腰が抜けて座り込んでしまう予感があった。
「本来は左の手足らしいんだけど……両足でいいよ? 私と御揃いになってみる?」
純真な乙女みたいな瞳が見上げてくる。
Aは冷たい汗を流して固まっていた。
「あ、お揃いになったからって、彼氏にはしてあげないよ?」
彼氏募集はしていないと首が振られる。
意味が分からない。
意味が分からない。
「ない…ない!」
心の声が漏れている。
「なら……」
思いついた! って顔で手を広げている。
ただし、真顔。
表情が消えている。
「全部・・・置いていけ!」
「?!」
足を取られた。
ここにきてようやく『本能』と『感情』と『知性』の命令に従おうとした足を。
「な、なめんな!」
金に目が眩んでいるといっても探索者。
反応してみせる。
剣を抜いた。
「え?」
抜いた剣が目の前を通過した。
最初は視認。
次いで、手に痛みが走った。
なにか、衝撃を受けたようだ。
目が、手を見て・・・気が付いた。
すぐ横に『足』が立っていた。
Aのと並んで、誰かの『足』誰が。
腰から下だけが。
衝撃は『コレ』の蹴りだった。
剣を抜いた瞬間に、持ち手を蹴り上げられたのだ。
「ナイス! 歩ちゃん!」
ひろが声を上げた。
褒められた『足』が、照れているのか膝をこすり合わせている。
「ふ、ふざ……」
命のやりとりをしているとは思えない軽さ。
思わず声を上げかけたAだが、押し黙った。
背中が重かった。
正確には肩……左半身の感覚が途絶している。
ギギギ……
錆びついた機械のような動きで、首がめぐらされる。
自分の肩に、自分の剣が埋まっていた。
柄だけが生えたように、乗っているように見えている。
「うそ…だろ? こんな…こんな軽く……」
血とともに言葉が吐き出される。
「うん。その時にならないとなかなか気づかないよね?」
わかる、わかる。
ひろはうなずいた。
「自分の存在のどうしようもない軽さになんて……」
体も、命も。
自分が思うほど重くはないのだ。
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「全部、おいてってくれた。いいお客さんだったな。リピーターになってもらえないのが残念!」
ペロッと舌を出して、ひろは笑った。
歩が、軽くステップを踏んでいる。
『置いて行かれたモノ』は『六人組』が運び去っている。
『七人みさき』……。
『彼』は『七人目』にもなれなかったようだ。
「えっと。お客さんの名前はなんだろなっと?」
回収されずに置き捨てられた『荷物』を漁って名前を探す。
『名簿』に名前を載せなければならない。
その名前と引き換えで、昭和の『誰か』の魂を複製する。
自分の利益のためなら他人を否定しえる時代から、『献身』が美徳だった時代への回帰こそが、カルマの望みとなっている。
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