第14話 『寝台』
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夜の部の食堂に入った瞬間、全員が足を止めた。
白いトレイ。
アルミの深皿。
妙にとろりとした白いカレー。
そして、カチカチに凍った冷凍ミカン。
「……なに、これ?」
女性陣が一斉に眉をひそめる。
平成後期以降の世代には、もはや見たこともない光景だ。
「色がカレーじゃないんだけど」
「え、デザート凍ってるの?」
「アルミ皿って、いつの時代よ」
ざわつく中、数人の男が目を見開いた。
「……白いカレーだ」
「冷凍ミカン……マジかよ。懐かしっ!」
彼らはトレイを掴むなり、席に着いて勢いよく掻きこみ始めた。
「うっわ、これこれ! この粉っぽい感じ!」
「ミカン、歯にしみるほど冷てぇ……最高!」
周囲はぽかんとするばかり。
「え、これ美味しいの?」
「昭和って、こんなの食べてたの……?」
世代の断絶が、食堂の中でくっきりと浮かび上がる。
「っていうか……俺より若いくせに『懐かしい』ってなんだよ」
ここにいるのは全員、平成生まれだ。
昭和を“懐かしむ”年齢ではない。
「……え? あれ、俺なに食ってんだ?」
スプーンを止めた男が皿を見下ろして固まる。
まずくはない。むしろ妙に食べやすい。
だが、どう考えても“知っている味”ではない。
「自然解凍もしてないの出すなよ。歯がいてぇぇぇ……」
冷凍ミカンをかじった男が涙目になる。
さっきまで「懐かしい!」と歓喜していた連中が、
今はそろって首をかしげながら食べ続けていた。
「……おかしいな。俺、こんなの食ったこと……あったっけ?」
誰も答えられない。
ただ、スプーンが皿を叩く音だけが響いていた。
もちろん、代金は取られる。
『迷宮通貨』が消えていく。
昭和給食の量では、今の探索者の腹は満たせない。
おかわりが大量に出た。
* * *
『食堂』の近くには『宿坊』もあった。
“部屋”とは呼べない空間だ。
二段ベッドが二つ。
横には目隠しのカーテン。
狭さはカプセルホテルだが、密閉度が足りない。
あるいは開放的すぎる。
「うん。わかってた」
「ホテルのスイートなんてあるわけないわよね」
「ベッドがあるだけで十分よ」
「山の仮眠所みたいに雑魚寝かと思ってたし」
女子たちの感想だ。
確かに狭い。
足を伸ばせば頭か足がつっかえる。
寝返りも打てない幅。
だが、男女は分かれている。
作りもしっかりしている。
木造校舎と同じ木の匂い。
耳を澄ますと、カタコン、カタコン……と揺れるような音。
どこか懐かしい“郷愁”。
寝る場所なのに、どこかへ向かう“旅情”。
「……これ、たぶんだけど。寝てる間、魔力回復しないわね」
「回復しない? 増えないってこと? 減るの?」
「減らない。でも、回復する分を奪われる気がする」
「ああ……このダンジョンなら、そうでしょうね」
彼女たちは、ようやく“このダンジョンの流儀”を理解し始めていた。
「当然、ベッドの使用には通貨が必要なのよね?」
「もちろんよ」
指差す先に、コイン投入箱。
「やっぱり」
頷くしかない。
「お金さえ払えば、天国よ」
呆れた空気をたしなめるように、別の女性が声を上げた。
手招きした先には――『洗濯機』。
左右に穴のある縦置き。
ダイヤル式スイッチ。
古いのに、コインランドリー仕様。
「なんで穴が二つ?」
「左が洗濯槽、右が脱水槽……だったはず。おばあちゃんちで見たわ。コイン式は初めてだけど」
「……至れり尽くせりね」
探索者の日常は、
“床に座り込んで交代で仮眠”が当たり前だ。
下着すら替えられず、半月シャワーなし。
そんな生活がザラ。
それが、三日目でシャワーを浴び、
手足を伸ばして寝られる。
温かい食事まである。
「というか……部活の合宿ってやつかな?」
誰かが呟く。
「たぶん、それね」
学校行事を取り入れているダンジョンだ。
参考にしているのだろう。
「だが、一応見張りは立てよう」
「当然ね。ここはダンジョンだもの」
油断はしない。
だが――満喫はしていた。
* * *
翌朝、食堂に並んだのは平成の給食だった。
ふんわり黒糖パン。
彩りの良いミネストローネ。
香草の効いたチキンのグリル。
ひじきサラダ。
紙パックの牛乳。
缶詰フルーツ。
「……あ、これ知ってる。平成の給食ってこんな感じだった」
「妙にオシャレよね。昨日の昭和と比べると別世界」
「いや、これでも当時は“給食の洋食革命”って言われてたんだぞ」
世代差のないはずの探索者たちが、
なぜか“知っている味”として受け入れていく。
「ダンジョンにいるのに、朝シャンできるとはねぇ……」
頭にタオルを巻いた女性が、リラックスした声でつぶやく。
「あささん?」
「朝シャンよ。朝からシャンプー。ドライヤーが発火しそうなほど熱かったけど……まぁいいわ」
まるで旅館の朝のような会話が聞こえていた。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




