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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
学園祭編

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第10話 『白くなる』

1/3

 


 作業は終わりに近づいていた。

 土を起こし、肥料を入れ、畝を作り、種を撒く。

 あとは水をやれば、ひと段落。


 そのとき、一人の男がふと顔を上げた。

 眉を寄せ、小さく首をひねる。


 ……静かだった。


 一切の会話が聞こえない。

 小さな息遣いすら感じられない。


 不平が出ない。

 無意味な笑いがない。

 呼吸が揃っている。


「な、なぁ……ここ、いつもこんなに静かなのか?」


 怖くなって、近くの者に声をかけた。

 服装からして仲間ではない。

 元からいた“誰か”だ。


「……」


 返事はない。

 聞こえなかったのか?

 反応がない。


「おい!」


 無視はよくない。

 男は声を荒げ、服をつかんで顔を上げさせた。


「ひっ!」


 喉が引きつった。

 悲鳴は出ない。

 息が詰まっただけだ。


 恐怖だった。


「……」


 顔を上げさせた相手は、こちらを向いている。

 向いているはずなのに――“見ている”とは言えなかった。


 目がなかった。

 鼻はうっすらとした盛り上がり。

 口はどこにもない。


「うわっ!」


 顔がない。

 そう気づいた瞬間、背中がのけぞる。


 こちらを向いているはずなのに、どこを見ているのかわからない。

 わからないのに、視線だけは感じる。


「ひいッ!」


 男は尻もちをつき、這うようにして逃げた。

 どこへ逃げるのかもわからない。

 ただ、最も近い“逃げ場所”へ向かった。


 見覚えのあるローブ。

 畑仕事でも脱ぐことを拒んでいた“あいつ”。


 ローブに、妙なアイデンティティを求めた。

 個性ある仲間。


「お、おい!」


 縋るように駆け寄り、ローブの裾をつかむ。


「こ、ここにいたやつら……おかしいぞ!」


 必死の訴え。

 本気の警告。


「……」


 返事はない。

 聞こえないはずがない。


「お、おい……」


 予感はある。

 だが、認めたくない。


 顔を覗き込む。

 あるはずのものを探す。


「ッ!」


 息を呑む。

 探し物は――なかった。


「ひっ、ぃぃぃ……」


 震えながらローブを離し、ゆっくりと後ずさる。


 男は気づかなかった。

 この時すでに、“探し物の形”を覚えていなかったことに。


「う、うわっ……」


 後ずさりながら視線を彷徨わせる。

 誰も、こちらを見ていない。


 “目”は向けられていない。

 なのに、なぜか“注目”されている気がする。


 感情のない“目”を向けられている感覚。

 自分だけが“異端”になっている怖さ。


「うわぁぁぁぁっ!」


 男は駆けだした。


「はぁ……はぁ……」


 走り続け、目についたトイレへ飛び込む。


 蛇口を全開にする。

 冷たい水を両手に受け、顔に浴びる。


「な、何が……」


 頭が冷えてきて、呟きが漏れた。


 ゆっくりと顔を上げる。


 鏡があった。


 何かが映っている。


「……」


 見つめる。


 違和感がある。

 何かが足りない。


「あ!」


 目と鼻と口がないと気づく。


 息が止まった。

 呼吸も忘れ、鏡と見つめ合う。


 肩の上の丸いものが、傾いた。


「俺……どんな顔してた?」


 困惑が広がる。


「……というか、顔ってなんだっけ?」


 ・

 ・

 ・


 丸いものの傾きが大きくなる。

 鏡の中の丸いものが、傾いたままそこにある。


「……」


 “ソレ”は無言でそこにあった。


 その腕を、“男”が引いた。


 ぬと、ぬと……


 湿った足音。

 泥まみれの手が伸び、“ソレ”の腕を引く。


 “男”は表情のない顔を、“ソレ”の肩の上の丸いものに近づけた。

 しげしげと見つめ――笑った。


 その“顔”は、かつて“ソレ”の丸いものにあったものに似ていた。


 “ソレ”は“男”とともに農場へ戻った。


「おかえり」


 みずほが迎える。


 彼女の後ろには、“顔”のある泥が立ち並んでいた。

 その先で、“顔”を失った農夫たちが新しい畑を耕している。


 “ソレ”も仲間に入っていく。


「服も剥がないといけないのかしら?」


 “顔”のある泥たちは服を着ていない。

 だが、顔があり、体もできるだろう。

 服が必要になるかもしれない。


「面倒ね」


 みずほは気だるげに息を吐いた。



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