第3話 『接敵?』
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廊下を進んでいくと、突然“何か”が立ちふさがった。
「黒い板……黒板か?」
薄汚れた黒板だった。
チョークの消し跡がうっすら残り、チョーク棚には粉が積もり、
ポロリ、ポロリとこぼれ落ちている。
――いよいよ戦闘か?
探索者たちは一斉に武器を構えた。
だが、黒板は動かない。ただ、そこに“立っている”。
「待って。これ……何か書いてあるわ」
乱暴に消された落書きの上に、震えるような文字が浮かび上がっていた。
いや、“書かれて”いく。
数式――。
数字、分数線、割り算記号。
空白を示す四角いマスが並んでいる。
「これ、分数の割り算ね。空いてるところに正しい数字を入れろってことじゃない?」
「答えはわかるか?」
「……小学生の問題よ?」
澪が鋭い視線を返す。
「俺は自信がない」
「俺もっす」
「だー! あんたたちは脳も筋肉なの?!」
怒鳴りながらも、澪は迷いなく答えを書き込んだ。
考える素振りすらない。見た瞬間に解いていた。
もちろん、正解。
桜の花に「大変よくできました」の文字が入ったスタンプが現れ、
澪のラリー帳がパラパラとめくられ、成績表に押されていく。
「問題を解くとスタンプがもらえるみたいね。あんたたちも頑張りなさい」
「あ、ああ」
「ぜんしょするっす」
以降、黒板はたびたび現れ、探索者たちは交互に挑んでいった。
* * *
しばらく進んだところで、陽翔が足を止めた。
「なんだ?」
彼が拾い上げたのは、小さな金属片――コインだった。
『迷宮通宝』
中央に四角い穴。
上下に「迷宮」、左右に「通宝」。
「……まさか」
魔法使いがじっと見つめる。
「わかるのか?」
「おそらく……通貨です。江戸時代の“一文銭”でしょう」
確かに、そう見える。
「迷宮で通貨、か」
「意味が分からない……と言いたいところだけど、ゲーム的には普通ね」
敵を倒すと経験値、アイテム、そして“お金”が手に入る。
異例ではあるが、あり得ない話ではない。
「ともかく、“進める迷宮”なのは確かよ。行きましょう」
一行は再び歩き出した。
* * *
「これは……あっしにはちょいと難しすぎやすぜ」
黒板の問題をにらみつけ、朔也が両手を上げた。
助けを求める視線が澪に向く。
「あんたの番なんだから、頑張りなさい!」
澪はそっぽを向く。
不正解なら何が起きるか――それも調査のうちだ。
「くっそー、ヒントくらい……うお?!」
“何か”が出現し、朔也が飛びのいた。
「なんだ?!」
新手の登場に緊張が走る。
「……これ、教科書と参考書だわ」
鳥のようなシルエットの“それ”は、書物の集合体だった。
ページが羽のようにパタパタと開閉し、
数式や文字、年号がちらつく。
「ヒント、くれるみたいよ?」
「ああ、そうですかい!」
教えてはくれないのか!
朔也が手を伸ばす――バシッ!
参考書の一冊が羽のように広がり、彼の手をはたいた。
「ゲッ!」
「どうしたの? ダメージはなさそうだけど?」
澪が目を細める。
「使用するには魔力が必要らしいっす。【YES/NO】が頭に出てるっす」
「……」
「……」
陽翔と澪が顔を見合わせる。
「とりあえず、このダンジョンの目的が一つ見えたわね」
「ああ。魔力を集めている」
身体測定でも微量ながら奪われていた。
こうして、探索者が警戒しない程度に吸収していく構造らしい。
「くっそ……わかるのが当たり前みたいに!」
朔也は泣きながら参考書をめくる。
ページをめくるたびに魔力ゲージが減るが、微量すぎて無視された。
* * *
◇ 見下ろす視線 ◇
(別視点)
保健室を出た瞬間、廊下の天井で“何か”が揺れた。
誰も気づかない。ただ、空気が少し冷たくなる。
その“何か”は、旧校舎の窓から探索者たちを見下ろしていた。
カルマ――ダンジョンマスター。
ウィンドウ越しに、彼らの動きを観察している。
スタンプラリーの進行、魔力の減少率、反応速度、表情の変化。
すべてが記録されていく。
「ふむ……“座高”で見通しを測る、か。案外、面白い反応だな」
手帳に記された“夢の高さ”と“見通し”を見比べ、静かに笑う。
これらの数値に深い意味はない。
ただ、今後の“演出”のためのトリガーとして記録するだけ。
「さて、どこまで“演出”に乗ってくれるか……」
その声は誰にも届かない。
だが、迷宮は聞いていた。
そして、次の“演目”の準備を始めていた。
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