第192話 呪い ~呪われた少女~ 前編
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「結局、呪われていたのは誰?」
その問いの答えを知っていたのは、たった二人。
一人は追跡者。
呪いの痕跡を追う、女教師の呪術師。
もう一人は逃亡者。
呪われている『当人』。
「だって、しょうがないじゃない・・・!」
その言葉は、誰にも届かない。
届いてほしくなかった。
でも、自分の中では何度も繰り返していた。
まるで呪文のように。
それを唱えなければ、心が崩れてしまいそうだった。
あの瞬間、目の前にあったのは“死”だった。
胸に矢を受けた少女の、無表情な顔。
冷たい目が、自分を見ていた。
狙っていた。
怖かった。
本当に、怖かった。
だから、反射的に動いた。
隣にいた仲間を——押した。
盾にした。
仲間が倒れた。
そして、目が合った。
死の間際、仲間は自分を見ていた。
責めるでもなく、叫ぶでもなく。
ただ、見ていた。
その目が、焼き付いて離れない。
「しょうがなかったんだよ・・・」
そう言いながら、心の奥ではわかっていた。
『自分の命』を守るために、『誰かの命』を差し出した。
それが、事実だった。
誰にも言えない。
誰にも見られたくない。
でも、自分だけは知っている。
あの目が、今も心の奥で、じっと見ている。
「なんで・・・?」
誰かが呟いた。
その声は、誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けていった。
何度撒いても、追手がついてくる。
通路を曲がり、魔法で痕跡を消し、足音を散らしても——それでも、教師たちは正確に追ってくる。
「・・・呪いが、まだあるんじゃ?」
魔術師の少女が、青ざめた顔で言った。
その言葉に、皆が黙り込む。
呪い持ちだと思って、盾の少女を置いてきた。
彼女の足に黒い染みがあったから。
呪いの『印』だと思ったから。
でも——それでも、追ってくる。
「まさか・・・」
誰かが言いかけて、口をつぐむ。
その続きを、誰も言えなかった。
『呪い』を持っているのは、ほかにいたのではないか——?
その疑念が、仲間たちの間に静かに広がっていく。
誰かが、そっと距離を取る。
誰かが、他人の背中をじっと見つめる。
「・・・誰か、呪われてる?」
「いや、そんなはず・・・」
「でも、じゃあなんで・・・」
言葉が、疑いの種になる。
目線が、刃になる。
沈黙が、呪いになる。
誰もが、自分の中に問いを抱えながら、仲間の顔を見ていた。
その瞳には、信頼も、安心も、もうなかった。
ただ、見えない『印』を探していた。
誰かの背中に、誰かの手に、誰かの瞳に——呪いの痕跡を。
そして、誰かが気づく。
「・・・あの時、あの子、何か・・・」
その言葉に、空気が揺れる。
誰かが、そっと一歩下がる。
誰かが、剣の塚に手を置く。
疑心暗鬼は、もう止まらない。
呪いは、誰かの中にある。
でも、それが誰なのか——誰も、確かめる勇気を持っていなかった。
通路の奥から、足音が響く。
教師たちが、近づいてくる。
「・・・どうする?」
誰かが問う。
でも、その問いに答える者は、いなかった。
ただ、誰もが——誰かを見ていた。
「・・・確認、するべきだよね」
誰かが言った。
でも、その声は誰にも届かなかった。
いや、届いたけれど——誰も応えられなかった。
『呪い』が誰に宿っているのか。
それを確かめる方法は、ある。
呪術師の女教師が使っていた『痕跡探知』の魔法。
簡易版なら、呪術師でなくても扱える。
魔力の流れを見れば、わかるかもしれない。
でも——誰も、それを使おうとしなかった。
「・・・呪いって、どんな形なんだろうね」
魔術師の少女が、ぽつりと呟く。
誰も答えない。
それは、誰にもわからないから。
目に見える傷?
黒い染み?
心の中の罪?
それとも——誰かの視線?
確認したい。
でも、確認した瞬間、自分が『それ』だったらどうする?
その恐怖が、皆の足を止めていた。
「・・・私じゃないよね?」
誰かが言った。
でも、その言葉に誰も頷けなかった。
誰もが、自分の中に『それ』があるかもしれないと思っていた。
あの時、逃げた。
あの時、見捨てた。
あの時、見て見ぬふりをした。
その『記憶』が、呪いの形をしているのなら——誰もが、呪われている。
呪いって、誰かにかけられるものじゃない。
自分で、自分にかけるものなんだ。
だから、誰も確認しようとしなかった。
誰かを疑うことは、自分を疑うことだったから。
通路の空気が、重く沈む。
誰も動かない。
誰も、目を合わせない。
ただ、静かに——自分の影を見つめていた。
その影が、呪いの形をしていないことを祈りながら。
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