第190話 盾のありか ~盾が守るもの~ 前編
2/3
足が、重い。
盾の少女は、足を引きずりながら考えていた。
歩くたびに、体の奥が冷えていく。
まるで、心臓の音が遠ざかっていくみたいだった。
仲間が、ちらちらと視線を向けているのにも気づかずに。
自分は、何をしたいのだろうか。
地上に向かって歩き始めたとき——それは、彼の死の責任を誰かに突きつけるためだった。 学校とか、制度とか、そういうものに。
でも、違った。
そんなことは、どうでもよかった。
今は、そう思う。
歩く理由が、欲しかっただけだ。
何かを責めることで、前に進む理由を作ろうとしていただけ。
なら——『私』の進む理由は、何?
彼の盾を持っている。
それは、彼の背中を継ぐためだった。
でも、それだけじゃ足りない。
彼の背中を見ていた自分が、今度は誰かの前に立つ。
その意味を、まだ見つけられていない。
「・・・私が、守りたいものって・・・何?」
通路の先は暗い。
でも、彼女の瞳には、少しだけ光が宿っていた。
それは、問いの先にある答えを探すための光。
そして、盾を持つ者としての、最初の一歩だった。
「見つけた!」
横道から、教師たちが姿を現す。
その先頭に立つのは、杖を握った女教師。
瞳は鋭く、口元には確信の笑み。
「呪術師の私に、その呪いは隠せないわ!」
彼女は杖を掲げ、何かを詠唱し始める。
盾の少女の足元に宿る『黒い染み』が、標的にされたようだった。
「ライト!」
生徒側の魔法使いが、反射的に叫ぶ。
杖が閃光を放ち、通路が白く染まる。
瞬間的な目くらまし。
教師たちの視界が奪われる。
「今よっ!」
「急いで!」
別の生徒が叫び、盾の少女が前に出る。
足は重い。
でも、盾は動いた。
閃光の中、彼女は教師の魔法を遮るように盾を構えた。
呪術の詠唱が、途中で途切れる。
「くっ・・・!」
女教師が後退する。
だが、呪いはまだそこにある。
黒い染みは、脈打ち続けていた。
「・・・見られた、か」
盾の少女は、静かに呟いた。
でも、もう逃げない。
彼女は、盾を持って前に立った。
それが、今の『私』の進む理由だった。
その・・・はずだった。
「え?」
盾の少女は、呆然と立ち尽くす。
閃光が消えた通路には、もう誰もいなかった。
仲間も、教師も——誰一人、そこにはいなかった。
「・・・どこ・・・行ったの・・・?」
彼女の声は、誰にも届かない。
ただ、石壁に吸い込まれていくだけだった。
そして、気づく。
自分が『置いていかれた』ことに。
教師たちは、別の人物を追っていたのだ。
呪いがかかっていたのは、実はその人物だった。
思い返してみれば、呪術師の女教師は自分の所へ来たのではない。
自分が『誰か』との間に割り込んだのだ。
初めから、自分は目に入っていなかった。
でも、生徒たちは——『盾の少女が呪われている』と思い込んでいた。
少しでも異常な行動が見られたら離れる心づもりができていたのだろう。
だから、教師に追いつかれたとたん彼女を置いて逃げた。
そういうことだった。
◇置いて行かれた場所◇
「・・・そっか・・・」
彼女は、足元の黒い染みを見下ろす。
それは、確かに『呪いのように』見えた。
でも、それはただの傷だった。
誤解だった。
でも、誰も確認しなかった。
誰も、彼女に声をかけなかった。
「・・・私、守るために盾を持ったはずなのに・・・」
その盾は、今、何も守っていなかった。
誰も、彼女の後ろにはいなかった。
それでも、盾は手放さなかった。
それが、彼女の『進む理由』だった。
そして、それで——十分だった。
一人になって、わかった。
誰もいないからこそ、気づけた。
誰にも守られないからこそ、見えた。
一人にしてもらえた「おかげ」で、気がついた。
「わたしは・・・」
彼女は、盾を見下ろす。
その表面には、戦いの傷が刻まれていた。
彼の手の跡も、血の染みも、まだ残っていた。
「『痕跡』を置いておけなかっただけ」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
ただ、自分の中にある『嘘』を、そっと剥がすような呟きだった。
「わたしは、『私』を守っていただけだ」
誰かを守ろうなんて、思っていなかった。
彼のようになりたいとも、思っていなかった。
ただ——彼の痕跡と、その記憶を持つ『自分』が惜しかった。
それを失ったら、自分が自分でなくなる気がした。
だから、盾を持った。
だから、歩き続けた。
「・・・それでも、いいよね」
それは、偽善でも、正義でもない。
ただの、わたしの理由。
でも、それでいい。
それでも、歩ける。
彼女は、盾を握り直す。
その手に、もう迷いはなかった。
足の黒い歯型は、呪いではなかった。
でも——毒だった。
歩くうちに、毒は体を巡った。
盾の少女の肉体は、少しずつ腐っていく。
激痛に溺れながらも、彼女は歩き続けた。
やがて——息をしなくなった。
心臓も、止まった。
それでも、彼女は歩き続けた。
盾とともに。
誰もいない通路を、誰にも見られないまま、誰にも気づかれずに。
盾を持つ腕は、もう人のものではなかった。
でも、その歩みは、確かに『彼女』だった。
それは、守るためでも、戦うためでもない。
ただ——進むための歩み。
彼女は、もう何も語らない。
でも、その歩みが、誰かの背中を押す。
それが、彼女の『進む理由』だった。
読了・評価。ありがとうございます。




