第189話 待ち伏せ ~激突~ 後編
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その時—— 倒れていた教師の指が、かすかに動いた。
まだ、死んではいない者がいた。
いや、死んだからこその反応。
『カチリ』
はめられていた指輪が、乾いた音を立てる。
それは、持ち主の死亡時に周囲の死体ごとアンデッドに変える呪いの指輪。
アンデッドがテーマのダンジョンで得られる、比較的手に入りやすいアイテムだった。
効果時間は、アンデッドとなった者の残存魔力次第。
死んだ仲間が敵のヘイトを集めているうちに、生存者は体勢を立て直す——そんな、戦術的な『死の利用』を可能にするアイテム。
そして、今——それが発動した。
倒れていた教師たちの身体が、ゆっくりと動き出す。
瞳は虚ろに、だが確実に生徒たちを捉えていた。
「っ・・・アンデッド化・・・!」
誰かが叫ぶ。
だが、すでに遅い。
死者たちは、生者に牙を剥き始めていた。
生徒たちはすぐに動いた。
元教師たちの死体を、動けないような形に変えていく。
関節を砕き、魔力の流れを断ち、再起不能にする。
それは、冷静で的確な処理だった。
だが——。
「ちょ、それは・・・!」
少年の声が、かすれた悲鳴に変わる。
胸に矢の刺さった少女が、彼の首に細い腕を巻き付けていた。
その瞳は、もう彼女のものではなかった。
でも、そのリボンだけが、かつての彼女を思い出させた。
血に染まったリボンが揺れ、彼女の腕が、ゆっくりと力を込める。
「反則だ・・・!」
少年の言葉は、搔き消えた。
骨が軋み、空気が震える。
そして——音もなく、彼の身体が崩れ落ちた。
「なっ!?」
驚愕と自失の数秒。
少年の死に、生徒たちは言葉を失った。
その一瞬——隙が生まれた。
アンデッドは、死なない。
確かに、教師たちは動けないよう形を変えられていた。
関節を砕き、魔力の流れを断ち、再起不能にしたはずだった。
だが——その『処置』は、まだ終わっていなかった。
砕かれたはずの腕が、地を這う。
断ち切ったはずの魔力が、死体の奥底で微かに脈打つ。
「う、動いてる・・・!」
誰かが叫ぶ。
だが、もう遅い。
処置の途中だった死体が、這い寄るように生徒の足を掴んだ。
そして、再び地獄が始まった。
崩れ落ちていた少年の身体が、地を這った。
胸に矢の生えた少女が、獣のような動きで走り出す。
教師の腕に足を掴まれた少女の首に、矢の少女が歯を立てる。
その口元は、もはや人のものではなかった。
地を這った少年は、大盾の少女の足に歯を突き立てた。
「こ、のぉぉぉっ!」
大盾の少女のスカートから伸びた足が、高く振り上げられる。
少年の身体が、蹴り上げられて宙を舞った。
「たぁっ!」
彼女は盾を構え、力任せに振るう。
その一撃が、少女たちをも弾き飛ばす。
アンデッドとなった仲間たちが、壁に叩きつけられ、床に転がる。
だが、彼らはまだ動いていた。
「す、スロウ!」
魔法少女が魔法を唱え、杖を振る。
発動した魔法は弱弱しかった。
震える手で杖を掲げ、彼女はもう一度叫んだ——『スロウ!』。
淡い光が広がり、一塊になってもがいていたアンデッドたちの動きが、ゆっくりと鈍っていく。
魔力の尽きた『胸に矢の生えた少女』が、ピタリと止まった。
その停止が、他の二体の動きをも阻害する。
絡み合っていた死体たちが、蠢きつつも『行動』には移れないまま時が流れた。
そして——
すべてが沈黙した。
通路に残るのは、魔法の残光と、重く沈んだ空気。
誰もが息を潜め、ただその静けさを見つめていた。
「と、止まった・・・?」
「もう、動かない・・・?」
生徒たちは口々に不安を漏らす。
誰もが、目の前の静止した死体を見つめていた。
その視線は、まるで——夏の道端に落ちているセミの亡骸を見るようなものだった。
動かない。
でも、もし突然鳴き出したら——そう思うと、誰も近づけなかった。
沈黙は、安堵ではなく、恐怖を孕んでいた。
そして、その場に立ち尽くす彼らの耳に、何も聞こえないことが、何よりも不気味だった。
「近づかなければいいだけよ」
盾の少女が、静かに言った。
その声には、揺るぎない確信があった。
確認なんて必要ない。
生き返らないことは、もうわかっている。
その言葉に、生徒たちは黙って頷いた。
誰もが、目の前の死体に視線を向けながらも、一歩も近づこうとはしなかった。
それは、恐怖ではなく——敬意にも似た距離だった。
彼らは、もう『敵』ではなかった。
ただ、かつて共にいた者として、静かに距離を置いた。
そして、彼らは静かにその場を離れた。
背を向けることが、今の彼らにできる唯一の選択だった。
退避と追跡行の脱落者=生徒5 教師9
盾の少女の足に付いた歯形が・・・黒い。
それは、ただの傷ではなかった。
皮膚の下に、じわりと広がる黒い染み。
魔力の流れが、そこだけ異常に乱れている。
「・・・っ」
彼女は何も言わず、足を引きずるように歩き出す。
誰も気づいていない。
いや、気づいていても——口に出せなかった。
沈黙の中、彼らは次の通路へと進んでいく。
だがその背後で、黒い染みが、ゆっくりと脈打っていた。
その黒い染みは、まるで『何か』が彼女の中に根を張ったように見えた。
誰かが、彼女の足元に一瞬だけ目を留めた——だが、何も言わなかった。
言えなかった――。
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