第187話 夢語り ~青のりとソースの匂い~
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「……うまいな」
カルマが微笑んだ。
その表情は、演出家ではなく、ただの『客』だった。
63階層。
何もない空間。
迷宮の静寂が広がるその場所に、突如として現れたのは——
『たこ焼き屋の模擬店』。
一葉が袋小路を去ったあと、
カルマは静かにウィンドウを開いた。
「夢を語らせた。なら、実現させないとな」
彼が語った『たこ焼き屋』は、奇抜でも幻想でもない。
むしろ、『学園祭』という迷宮のテーマにぴったりだった。
おそらく、幼い子供にありがちな夢。
『大好きなたこ焼きをいつでもたくさん食べられる』。
そんなものだったろう。
未来にあるのが『探索者』として、命を懸ける人生だけとは知らなかった頃のこと。
でも、だからこそ、もっとも純粋な『夢』。
これを叶えてやれずして、なにが『ダンジョンマスター』か。
カルマは『野営用大型マジックアイテム』をベースにして、いくつかの『料理系アイテム』を組み合わせていく。
鉄板。
ソース。
たこ。
青のり。
紅しょうが。
「これくらいできなきゃ、『ダンジョンマスター』は名乗れない」
魔力が流れ込み、迷宮の一角が変化する。
赤いのれんが揺れ、香ばしい匂いが漂い始めた。
——模擬店『たこ焼き屋』、開店。
それは、ただの演出ではなかった。
一葉が『痛みの中で見せた笑顔』を、カルマが確かに拾い上げた証だった。
赤いのれんが、迷宮の風にふわりと揺れた。
鉄板の上では、たこ焼きがくるくると回り、香ばしいソースの匂いが、静寂の空気をやわらかく押し広げる。
店主は学ラン姿。
ねじり鉢巻きを締め、真剣な表情で鉄板に向き合っている。
青い肌に小さな角。
背中の袋は、たこ焼きの煙を吸ってふくらんでいた。
それでも、その笑顔は——
人間以上に、人間らしかった。
手つきは滑らかで、まるで魔法が宿っているようだった。
実際、『模擬店』そのものが魔法のアイテムだ。
『校長室』に設置された宝箱は、迷宮のテーマに沿ったアイテムを具現化する特殊装置。
膨大なマナポイントと、演出家のセンスが必要だが——
その価値は、今ここにある。
「はふっ、はふっ!」
一仕事終えた一葉——
『妖怪:どうもこうも(薬師堂ここも)』が、熱そうに、幸せそうに、たこ焼きを頬張っている。
その姿を見ているだけで、
この模擬店が『正しい形』で存在していることが分かった。
『どうもこうも』という妖怪は、伝承にも残っている。
名医同士が腕比べをし、互いの頭を切り合い、
結局『どうもこうもならなかった』という戒めの物語。
それを聞いた一葉は笑っていた。
「それ、私のことじゃない」
そう言って笑った。
でも、その笑いは——
ほんの少しだけ、泣きそうだった。
『薬師堂ここも』という名は、薬師如来から借りた。
お堂で薬を用意し、本人が気づかないような傷すらも「ここも」と治す。
そんな意味を込めて名付けた。
「へい、お待ち!」
店主が声を上げる。
カルマが受け取ったたこ焼きは、湯気を立てていた。
「……夢って、こういうことなのか」
63階層。
かつて死闘があった場所。
その同じ場所で今、『生きるための夢』が焼かれている。
たこ焼きの丸さ。
焦げ目の香ばしさ。
店主の笑顔。
それは、罪の先にある『けじめ』の形だった。
カルマはもう一つたこ焼きを口に運び、
満足げに頷いた。
『うん。うまい』
その頷きは、味を評価したものではなく——
一葉が、まだ人間でいられる証を確かめた
そんな頷きだった。
退避と追跡行の脱落者=生徒2 教師6
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