第186話 夢語り ~けじめの先に見えたもの~ 後編
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袋小路。
逃げ場のない通路。
だが、それだけではない。
立ち位置も、未来も、心の中も——すべてが袋小路だった。
詰んでいる。
それでも、一葉は立っていた。
「妖怪になったのも、そのため。罰を受けるの。誰にも裁かれないなら、自分で裁くしかないじゃない?」
痛みで引きつる頬を押さえながら、肩をすくめてみせる。
その仕草は軽いのに、言葉は重かった。
教師は息を呑んだ。
目の前の少女が、ただの『妖怪』ではなく、
自分の罪を背負い続けるために妖怪になった人間だと理解した瞬間だった。
「……妖怪。そうか。それが『このダンジョン』なのか」
教師は、変質した迷宮の壁に一瞬だけ目を向け、
まるで答え合わせが終わったかのように、静かに頷いた。
「妖怪になる……それも勝手に、って言ったな。それだけの苦しみだったわけだ」
うなだれた背中が、ゆっくりと沈んでいく。
その姿は、戦う者ではなく——罪を突きつけられた者のそれだった。
「……俺が、君を地獄に落としたのか」
袋小路。
再生する肉体。
削れていく魂。
罪を背負った者と、罪を作った者が、静かに向き合う。
教師は動けなかった。
生徒を殺そうとしていた『今』だけでなく、生徒のために動いていた『過去』でさえ、結果的に一葉を追い詰めていた。
その事実が、重い。
剣は下ろされ、魔力も消え、ただ沈黙だけが袋小路を満たしていた。
その静寂を、一葉の声が切り裂く。
「こうしていても、どうもこうもならないわ」
声は冷たく、しかし感情を押し殺したような響きだった。
「どうする? ここで死ぬ?
それとも、地上で社会的に終わる?」
教師の肩が、わずかに震えた。
その言葉は、選択肢ではなく“宣告”だった。
一葉は箱を抱えたまま、一歩前へ。
その足音が、教師の心を刺す。
「もう、運命はほぼ決まってるのよ。あなたが何を言っても、何をしても——もう、遅いの」
教師は顔を上げられなかった。
自分が何をしたか。
何を背負わせたか。
その重さが、今になってのしかかる。
「……あ」
一葉がふと声を上げた。
口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。
「地上で社会的に終わってから、ここに戻って死ぬってのも、ありかもよ?」
冗談のようで、冗談ではない。
その言葉に、教師の顔がわずかに歪む。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、絶望に近い苦笑だった。
その表情は、
『罪を背負う側』が、完全に入れ替わった瞬間を示していた。
袋小路。
逃げ場なし。
選択肢なし。
ただ、結果だけが残されていた。
血の匂いと沈黙が満ちる空間に、
ふいに一葉の声が落ちた。
「どうもこうもならない状況だけど、いいこともあるわ」
冗談のような響き。
だが、その奥には、確かな熱があった。
「あなた、夢とかあった?」
教師は目を伏せたまま、答えられなかった。
夢——そんなもの、考える余裕などなかった。
ダンジョンが発生してから、
選択肢はひとつしかなかった。
『探索者』になること。
それ以外は、無価値とされた。
「夢、か……」
ぽつりと漏れた声は、
自分でも驚くほど弱かった。
そんなものは、ない。
そう思っていた。
だが——心の底に沈んでいた古い記憶が、ふと浮かび上がる。
「……たこ焼き屋さん、かな」
一葉の目がぱちりと瞬いた。
そして、笑った。
「いいじゃない! たこ焼き屋さんになりなさいよ!」
教師は思わず顔を上げた。
「は?」
その反応に、一葉はさらに笑う。
痛みで顔が引きつっているのに、
その笑みは確かに『人間』のものだった。
袋小路の空気が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
血の匂いも、罪の重さも、痛みも消えない。
それでも——
その笑いは、確かにそこにあった。
まるで、地獄の底で見つけた、最後の温度のように。
「地上で社会的に死ぬなら、ついでに人生も変えちゃえばいいじゃない。たこ焼き屋さん、いいと思うわよ。熱くて、丸くて、ちょっと焦げてて——人間っぽいじゃない」
教師は言葉を失った。
だが、胸の奥で、何かがわずかに動いた。
袋小路。
絶望の底で、ふいに差し込んだ『夢』の話。
それは、罪と痛みの先にある、ほんの少しの希望だった。
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