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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第185話 夢語り ~けじめの先に見えたもの~ 中編

3/3

 


 袋小路。

 逃げ場はない。

 命と欲望が、静かに交差する。


 魔法が炸裂した。

 炎が生徒の体を包み、爆風が通路を震わせる。

 教師は一歩下がり、煙の奥を凝視した。


 そして——生徒は立っていた。

 箱を抱えたまま、壁を背にして。

 まるで、炎など触れもしなかったかのように。


「……魔法耐性か?」

 教師の呟きが、煙の中に溶ける。

 だが、生徒の肩から、赤い滴がひとつ落ちた。

 その音が、やけに大きく響いた。


 剣が振り下ろされる。

 金属が肉を断つ鈍い感触が、教師の腕に伝わる。

 だが、生徒は動かない。


 ただ、箱を抱え直しただけだった。

 傷口が、瞬時に閉じていく。

 皮膚が再生し、血が引き、肉が繋がる。

 その過程はあまりに滑らかで、あまりに静かで——


 まるで、生き物の治癒ではなく、『別の何か』の動作のようだった。

 教師の喉が、わずかに鳴る。

 恐怖か、興奮か、自分でも判別できないまま。


 生徒は、ただ立っていた。

 箱を抱え、煙の中で、無表情のまま。

 その姿は、もはや『生徒』ではなかった。


 けれど——その瞳は、揺れていた。

 痛みは、確かにある。

 肉体は平然と再生しても、精神は削られていく。


 傷つき、治り、また傷つく。

 そのたびに、心のどこかが軋み、ひび割れていく。


「……痛いよ」

 誰にも届かないほど小さな声。

 それでも、一葉は立っていた。


 逃げない。

 渡さない。

 守るために、ただ耐える。


 教師は剣を構え直した。

 だが、その手に、わずかな迷いが走る。


 ——なぜ、そこまでして守る?


 袋小路。

 一対一。


 命と意志が、静かにぶつかり合う。

 剣が振り下ろされる。

 攻撃の意図が、ためらいなく形になる。

 血が床に落ちる。


 そして、瞬時に傷が塞がる。

 その光景が、何度も繰り返される。


 魔法。

 剣。


 痛み。

 再生。


 教師は攻撃を重ねた。

 だが、一葉はただ立ち続けていた。

 箱を抱えたまま、壁を背にして。


 逃げず、倒れず、ただ耐える。

 その姿は、もはや『守られる側』ではなく、『守るために壊れていく側』だった。


 教師の手が、ついに止まった。

 剣を握る指が、わずかに震えている。


「……なぜ、そこまでする?」

 その問いは、ようやく声になった。

 教師自身が、答えを知りたかった。


 理解できなかった。

 命を削ってまで守る理由が。


 一葉は、前髪の奥からゆっくりと目を上げた。

 その瞳は、静かに濁っていた。

 けれど、その奥には確かな光が宿っていた。

 痛みに削られ、再生に歪められ、それでも消えない光。

 それは——


 自分の命よりも大切なものを抱えている者の目だった。


「……おまえ……」


 正体を知った瞬間、教師の顔から血の気が引いた。

 その動揺を、一葉はまるで見ていないかのように無視した。


「けじめだからよ」

 声は低く、しかし揺るぎなかった。


「命や傷、痛みを——お金に換算していた。そんな自分への、けじめ」


 教師の目が、わずかに揺れる。

 一葉は、かつて『エリクサー』を作っていた。


 命を救う薬。

 だがその裏で、横流しをしていた。

 高値で売り、流通を操作し、命を『商品』に変えた。


 その罪を、誰も裁けなかった。

 法律では届かない。

 だが——自分自身は、逃がさなかった。


 妖怪となった一葉。

 回復魔法と妖怪化の再生能力で、傷は瞬時に癒える。

 だが、痛みは残る。

 肉体は治っても、神経は焼ける。

 心は削れ続ける。


「痛みは消えないけど、意味はあるの」

 一葉は微笑んだ。


 それは苦笑で、どこか壊れかけていた。

 それでも確かに、『人間』の表情だった。


 袋小路。

 血の匂い。


 再生する肉体。

 削れていく魂。


 教師は、剣を下ろした。

 その手には、もう力がなかった。


「痛みは消えないけど、意味はあるの」

 一葉の声が、袋小路に静かに響く。


 その言葉に、教師の手が震えた。

 魔力も、怒りも、もうそこにはない。

 ただ、理解できない現実と、目の前の存在への畏怖だけ。


「……借金のためだったな」

 教師の声は、かすれていた。


 その言葉には、責める色はなかった。

 ただ、事実を確かめるような、弱い響きだけがあった。


 一葉は答えない。

 箱を抱えたまま、壁を背にして立っている。

 その姿は、守られる者ではなく——

 自分の罪を背負い続ける者だった。


 教師は視線を落とした。

 床に広がる血の跡。

 何度も再生されたはずの傷。

 だが、痛みは消えない。


 それを、一葉は何度も、何度も——耐えていた。

 その痛みこそが、彼女の『けじめ』だった。


「……良かれと思って、だったんだ」

 教師の声は、迷宮の石壁に吸い込まれるように消えていった。

 その響きには、後悔とも言い訳ともつかない濁りがあった。


「君が、人生を買い戻すために。だから横流しを提案した。誰にも迷惑をかけずに、効率よく稼げる方法だと……本気で、そう思っていた」

 一葉は静かに目を閉じた。

 その瞳の奥で、過去が揺れる。


 両親が残した借金。

 誰も助けてくれなかった現実。

 だから、自分で返すしかなかった。

 命を救う薬を作り、命を金に変えた。

 それが、自分の人生を買い戻す唯一の方法だと信じていた。


「でも、違ったのよ」

 ぽつりと落とした声は、痛みよりも静かだった。


「命を金に換えることは、命を軽んじることだった。だから、今こうして——痛みで、けじめをつけてる」

 自分の体を見下ろし、小さく笑う。

 その笑みは壊れかけていたが、確かに『人間』の表情だった。



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