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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第184話 夢語り ~けじめの先に見えたもの~ 前編

2/3

 


 逃げ惑う生徒たちの波の中で、

 ひとりだけ、流れを断ち切るように逆走する影があった。


 大きな荷物を抱え、迷いのない足取りで通路を駆け抜ける。

 仲間の叫びも、教師の怒号も、まるで耳に入っていない。


 その背中だけが、異様なほど静かだった。

 教師たちの視線が、吸い寄せられるようにそこへ集まる。


「……あれ、記録持ってるか?」

「いや、違う。あんなデカブツ、記録装置じゃねぇよ。今どき、あんなの使わねぇ」

「じゃあ囮だ。無視しろ。狙うのは記録だ」

 判断は迅速だった。

 だが、その『迅速さ』の奥に潜むものは、冷静さではない。


 ——欲望。


 記録装置という名の『報酬』に群がる、教師たちのむき出しの本音。

 生徒の命より成果。

 正義より実績。

 その荷物が何であれ、彼らにとって価値はなかった。


 ただ一人を除いて。


「……万一のこともある。俺は一応、後を追ってみる」


 声は平静を装っていた。

 だが、喉の奥に微かな熱が滲む。

 心の底では、別の声が囁いていた。


 ——もし、あの荷物が『俺の予想通り』なら。

 ——もし、あの生徒が『それ』を持っているのなら。

 ——もし、それを手に入れられるのが『俺だけ』なら。


 他の教師たちは顔を見合わせ、短く頷いた。

 誰もが気にはしていた。

 だが、優先すべきは『記録』。


 そして、誰もが心のどこかで思っていた。


 ——誰かがやってくれるなら、それでいい。


『記録』さえ地上に持ち出させなければ、目的は果たされる。




 教師は静かに通路へ踏み出した。

 足音を殺し、魔力の気配を深く沈める。

 だが、胸の奥では、抑えきれない熱が脈打っていた。


 ——俺だけが、手に入れる。

 ——俺だけが、知る。

 ——俺だけが、勝つ。


 迷宮の空気が、ひやりと肌を撫でた。

 その冷たさは、欲望が生む熱と、死の気配が交差する前触れだった。


「……何を運んでいる?」


 教師の声は、刃物のように細く冷たかった。

 生徒は答えない。


 ただ、箱の上にそっと手を置く。

 その仕草が、逆に不気味なほど落ち着いていた。


 通路の奥。

 逃げ場のない、閉ざされた空間。

 教師と生徒が向かい合う。


 一対一。


 沈黙が、壁よりも重く立ちはだかる。

 言葉も、魔法も、まだ動かない。

 ただ、空気だけが張り詰め、肌にまとわりつく。


「これが『なに』かは知っているはずよ」


 前髪に隠れた顔の奥から、声だけが滑り出る。

 怯えも迷いもない。

 あるのは、冷たい挑発と、どこか諦観に似た静けさ。


「欲しいから、追ってきたのでしょう?」


「……」

 教師の目が、わずかに細くなる。


 その箱の中身——『エリクサー』。

 死者を蘇らせる、命の極限を覆す秘薬。


 売れば大金。

 使えば安全。

 奪えば、未来が変わる。


 だからこそ、教師は一人になってまで追ってきた。


「……何が望みだ?」


 声は低く濁り、喉の奥に殺意が沈んでいる。

 だが、それを悟らせまいとするように、静かに一歩踏み出す。


 生徒は動かない。

 箱を抱えたまま、壁を背にして立ち尽くす。


 その姿は、追い詰められた獲物ではなく、

 むしろ——罠を仕掛けた側の者に近かった。


「けじめ、かな?」

 小首を傾げる。


 その仕草は妙に柔らかく、しかし底に冷たい影を落としていた。


 内心で、生徒は思う。


 ——カルマも、こんなふうに首を傾げていたな。


 自分はカルマにとっての『イレギュラー』。


 彼が妖怪化を意図していない段階で、勝手に妖怪となって現れてしまった存在。

 自分の罪と向き合う。

 そのためだけに、ここに立っている。


 カルマは悔しがっていた。

『どうせ妖怪化はしただろうけどっ! 勝手に出てくるなよ!』

 そんなふうに。


 その悔しさを思い出すたび、胸の奥がじんと熱を帯びる。

 それは後悔か、決意か、あるいは——別の感情か。


 生徒は箱を抱きしめるように腕を強めた。

 その動きに、教師の目がわずかに揺れる。


 迷宮の空気が、さらに冷たくなる。

 二人の間に漂う熱と殺意が、静かに交差した。


「……なんにせよ」

 教師の声色が変わった。

 それは、理性の皮を静かに剥ぎ取った後に残る『本音』の声だった。


 迷宮の石床に、教師の足音が重く響く。

 その一歩一歩が、生徒の鼓動を代わりに刻んでいるかのようだった。


「渡す気はない……か」

 杖に触れた指先が、わずかに震える。

 魔力が空気を押し広げ、通路の温度がひとつ下がる。


「——お前に、価値はない」

 その言葉は、刃より冷たかった。

 命を薬の価値で測る者の、迷いなき宣告。

 そして今、目の前の命を切り捨てようとしている者の声。



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