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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第179話 舞台演目② 『執着の檻』~見られたかった背中~ 前編

3/3

 


 迷宮の一角。

 スーツ姿の女性教師が立っていた。

 その目は、誰かを探していた。


 いや——『誰か』ではない。

『彼』だった。


「こんなところにいていいのかしら?」


 行く手に、制服の袖を揺らして待ち受ける『真梨華』の姿を見つけ、女教師は、挑発的に言葉をかけた。


 地上へ向けて、仲間を率いていなくていいのか?

 そういうことだろう。


「……かまわないわ」


 対する『真梨華』は、顔の横で煩わしげに手を振った。

 耳元を掠めた小さな虫を払うようなしぐさだった。


「あなたこそ、こんなところで『なに』を探しているの?」


「……あなたに関係あるかしら? 男に縋りつくだけのあなたに」


 リーダーに寄りかかり、それでようやく立っていた。

 そんな『真梨華』を、嘲笑ってくる。


「そうね……昨日まではどうでもよかった。貴女のことなんて気にしたこともないわ。彼のそばにいられれば、それで十分だったから」


 リーダーが全てだったことを、真梨華は認めてみせた。


 女教師の眉が、少し寄った。

『こいつは、誰?』

 そんな疑問が湧いた顔だった。


 沈黙が、迷宮の空気に染み込む。

 けれど、その沈黙は、火種だった。


『彼』を巡る記憶。

『彼』を巡る執着。

『彼』を巡る後悔。


 それらが、今ここで交差する。


 この演目は、剣も魔法もいらない。

 言葉と視線だけで、心を裂く。


 カルマの『メガネウロ』は、静かにその瞬間を捉えていた。

 赤と黒の部屋。

 愛と憎しみの檻。


 幕は、もう上がっている。


「ねぇ? 気が付いていないわよね? 酔っているから? それとも疲れているのかしら? 『探索者』の感覚がすっかり鈍っているようね」


 真梨華は、両手を広げ、くるりと回ってみせた。

 スカートの裾が、優雅に舞う。


 男性教諭にならともかく、自分に?

 訝しげに眉間のしわを深くした女教師。

 だが、さすがに気が付いた。


「ダンジョンの内装が変わっている? 土と森ではなく……木の板。何かの建物?」


「正解よ。今、このダンジョンは『学校』。木造校舎になっているわ」


「……『性質の変容』、ね」


 例は少ないが、報告はある。

『ダンジョン』の性質——『テーマ』が、何らかの理由で変更される現象。


 それが起こる可能性——


「『ダンジョンマスター』の攻略は報告通り成功していたわけね」


「ええ。ただし、その直後に新たな『ダンジョンマスター』が現れる……いえ、『選ばれる』ことは誰も予想していなかった」


「…………」


 女教師が、考え込む。


 かつて、『現役』当時には『マザーコンピューター』——『マザコン』とふざけた呼び方に、多分の敬意を込めて呼ばれていた。


 冷徹で思慮深い分析力と洞察力。

 最近は、『標的』にした生徒を『導く』ことにしか使っていなかったそれを、今、フル稼働させた。


「まさか……」


 思い当たって、顔色を変える。


「『彼』ね。そうなのね!」


 女教師は、周囲を見渡した。

 木造校舎の廊下。

 軋む床。

 掲示板に貼られた『文化祭のお知らせ』。


 それは、かつて彼が笑っていた場所だった。


 女教師が、初めて『カルマ』に目を向けた場所でもあった。

 自死をされても困るから、一応監視はついていた。


 女教師は、そのうちの一人。


 彼女の目に、『カルマ』は——打ちひしがれて孤独、御しやすい相手に見えていた。


「……ふざけた演出ね。こんなもの、彼が望むはずがない」


 真梨華は、静かに微笑んだ。

 その笑みは、どこか哀しみを含んでいた。


 彼が望んだかどうかではない。

 彼が『選ばれた』のだ。


 そして、迷宮は——彼の記憶を舞台に変えた。


「そうね。彼は、誰にも見られなかった教室の隅で、ただ静かに夢を見ていただけ。誰にも届かない声で、名前を呼ばれることを願っていた」


 真梨華の声は、淡々としていた。

 けれど、その言葉は、女教師の心の奥に、鋭く突き刺さった。


 妖怪となった時、『まゆり』の糸は、カルマの記憶をも手繰り寄せていた。

 愛したなら、骨までしゃぶりつくすのが『女郎蜘蛛』の本能。


 女教師の目が、揺れる。


「あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」


 真梨華が、問う。


「……あるわ。何度も。何度も呼んだ。彼が私を見てくれるように」


「でも、彼はあなたを見ていなかった」


 その言葉に、女教師の肩がわずかに震えた。


 孤独であるはずのカルマは、それでも腐らずにいた。

 一人、必死に立っていた。

 だから、女教師の『導き』に乗らなかったのだ。


「真梨華……あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」


 教師の声は、静かに震えていた。

 その震えは、怒りではなかった。

 焦り。

 そして、喪失の予感。


 真梨華は、ゆっくりと首を傾けた。


「名前を呼ぶのは、見つけた人の特権よ。あなたは、彼を見ていた?」


 その言葉に、女教師の顔が歪む。


 彼女は『見ていた』つもりだった。

 けれど、それは——自分の欲望を通して見た幻。


「私は……彼を守ろうとしたのよ。あの子は、私の……」


「あなたの『何』? 所有物? 慰め? それとも、名前の代わり?」


 真梨華の声は、冷たく、そして優しかった。

 それは、誰かの痛みを知っている者の声。


 女教師は、言葉を失った。

 彼の名前を呼んだことはあった。

 けれど、それは『彼のため』ではなかった。


 自分のためだった。


 迷宮の廊下が、きしむ。

 掲示板の紙が、風もないのに揺れる。

 まるで、誰かがそこにいるかのように。


 カルマの名は、まだ呼ばれていない。

 本当の意味で、誰にも。


 迷宮の壁が、再び囁く。


『演目:執着の檻』


 その声は、風のように、それでいて確かに耳元を撫でた。



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