第178話 歌劇への招待 ~それは演目~ 後編
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◇舞台演目①『師弟の終焉』◇
少年の握る剣は、赤い軌跡を残していた。
それは、血の色ではなく、決意の色。
彼にとって、絶対に生かしておけない『暗殺者』と、
その横で毒に蝕まれ動けずにいた者。
彼女もいる『あちら側』へ送るための剣だった。
戦いは、秒でケリがついた。
動いたのは、教師のほう。
迷いが、そうさせた。
これ以上は動けなくなる。
その実感が、早めの決着を望ませた。
心を閉ざし、そこにある『存在』を、かつて戦ったモンスターだと思い込む。
そして、一撃で仕留めるとの決意のもとに、踏み込んだ。
狙い違わず、教師の剣は少年の胸を貫いた。
それは、少年から見ても同じことだった。
少年にはもう、守るものがなかった。
自身の命ですら、守る価値を見失っていた。
だから、少年は『避ける』という選択肢を忘れていた。
覚えていたのは、剣を『突く』という動作だけ。
教師の剣が、少年の意思を切り落とした時——少年の意思の『残り香』が、体を動かした。
それは、命の核には届かずとも、命には届く傷を、教師に負わせた。
鉄の匂いが、空気を染める。
教師は一歩、後退した。
胸元から溢れる赤が、制服の白をじわじわと侵食していく。
少年の剣は、確かに彼の肉を裂いていた。
だが、それは『意思』ではなく、訓練の記憶が残した『残滓』だった。
意識が消えても、体はその願いをなぞるように動いていた。
それは、誰かを守りたいと願った日々の、最後の灯火。
「……やるじゃないか」
教師は、そう呟いた。
その声には、怒りも、驚きもなかった。
ただ、どこか懐かしさのようなものが滲んでいた。
少年は、何も言わなかった。
目は開いていたが、そこに『見る』という行為はなかった。
彼の瞳は、ただ空を映していた。
誰もいない空。
誰にも見られない空。
教師は、剣を手放した。
その音が、迷宮の床に響いた瞬間、少年の体もまた、力を失って崩れ落ちた。
沈黙が、二人の間に降り積もる。
それは雪のようであり、灰のようでもあった。
静かに降り積もる『終わり』の象徴。
「……やるじゃないか」
教師の声は、まるで遠い記憶をなぞるようだった。
その一言が、少年の耳に届いたかどうかはわからない。
けれど、教師の瞳は、確かに『過去』を見ていた。
かつて、同じように剣を握り、同じように対峙したことがあった。
その姿が、今目の前で血に濡れている少年と重なったのだ。
剣を得手とする者同士の訓練風景。
「……あの頃のお前なら、避けていたな」
無様に転げまわって避けていた姿を思い出す。
戦う覚悟が欠落した、未熟な姿。
「いや……『人を守る』って、そういうことだったか」
教師は、自嘲気味に笑った。
『命を懸ける』、そんな当たり前のことを、遠い過去に置き去りにしてきた者の笑み。
それは、敗北の笑みではなかった。
記憶の中に沈んでいく者の、静かな笑みだった。
少年は、微かに唇を動かした。
声にはならなかったが、その動きは、確かに『何か』を伝えようとしていた。
教師は、その意味を読み取ろうとした。
だが、迷宮の風が吹き抜け、言葉をさらっていった。
そして、壁に刻まれた文字が、静かに浮かび上がる。
『演目:師弟の終幕』
迷宮は、すべてを見ていた。 そして、次の幕を準備していた。
◇
「今どきは、あまり注目を浴びない演目だけどね」
カルマは、肩をすくめていた。
その声は軽い。
だが、その目は真剣だった。
「『負うた子に教えられ』か? 生徒に教えられてたら世話ないよ」
命がけの戦闘と、訓練の区別がつき切れていなかった教師への、皮肉と哀悼の入り混じったダメ出し。
「いや……最後まで『教師』だったってことか?」
戦士として対峙していたのではなく、『先生』として向き合っていたからこそ、あの一撃を選んだのかもしれない。
「……」
カルマは、首を振った。
正解は、当人たちにもわかりはしないだろう。
「……次は、少しドロドロしそうかな? 愛憎が絡み合う。大人でダークな『演出』になりそうだ」
チャンネルを変える気軽さで、カルマは『メガネウロ』の視点を切り替えた。
濃い色になりそうな舞台。
軽い口調ながら、
カルマの目は、鋭く、真剣だった。
映し出されたのは、赤と黒が交錯する部屋。
赤は、血の色。
黒は、心の闇。
退避と追跡行の脱落者=生徒2 教師3
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