第177話 歌劇への招待 ~それは演目~ 前編
1/3
生徒たちは、走る。
足音が響く。
魔力が揺れる。
誰かが振り返り、誰かが前を見据える。
「こっちだ! 通路が開けてる!」
「援護する! 魔法、展開!」
若さと瞬発力。
それは、今この瞬間にしか発揮できない——『生きる力』だった。
魔力が迸る。
風が巻き、光が走る。
仲間の背を押すように、魔法が道を拓いていく。
一方、教師たちも動く。
かつて探索者だった者たち。
だが、今は教壇に立つ者。
十年のブランクは、体にも心にも重くのしかかっていた。
「止めろ! 逃がすな!」
「魔術障壁、展開……っ、くそ、遅れた!」
経験はある。
だが、体が追いつかない。
魔力の流れが鈍い。
足がもつれる。
判断が一瞬、遅れる。
その一瞬が、生死を分ける世界で。
それでも、彼らは動く。
守るためではない。
逃げるためでもない。
ただ、自分たちの『立場』を守るために。
名誉。
地位。
報酬。
責任逃れ。
それらを守るために、命を狩る。
「前、塞がれた!」
「別ルートに回る! ついてきて!」
生徒たちは、迷宮の構造を読み、即興で道を選び、走る。
「後ろ、来てる! 早く!」
誰かが振り返り、誰かが仲間を引っ張る。
誰かが、傷を負った者を背負う。
それでも、走る。
「生きる」ために。
教師たちは、追う。
だが、息が上がる。
視界が揺れる。
魔力の制御が乱れる。
「くそ……若い奴らが……!」
焦りが、判断を鈍らせる。
怒りが、視界を曇らせる。
彼らは、もう『探索者』ではなかった。
それでも、追う。
自分たちの過ちを、『証拠ごと』消すために。
迷宮の空気が、熱を帯びる。
魔力の残滓が、壁を焼き、床を焦がす。
逃げる者と、追う者。
その差は、『何のために走るか』だった。
◇観察者◇
予想はしてた。
だけど——
「躊躇なしか」
カルマは、首を振った。
まさか、いきなり殺しにかかるとは。
懐柔策や、脅し。
あるいは、責任の押し付け合い。
その程度の『醜さ』なら、想定内だった。
だが、いきなり暗殺。
それは、『教育者』の仮面すら脱ぎ捨てた行動だった。
「困ったな」
まったく困っていない顔で、カルマは、呟いた。
その目は、冷たく笑っていた。
まるで、『これでようやく始められる』とでも言うように。
◇
生徒たちは、命を守るために戦う。
教師たちは、過去を守るために戦う。
数は拮抗していた。
質も、互いに一長一短。
だからこそ、戦場は混沌とした。
魔法が飛ぶ。
剣が交わる。
叫びが響く。
誰かが倒れ、誰かが立ち上がる。
血が、床を染める。
涙が、煙に溶ける。
それでも、誰も止まらない。
止まれない。
ここは、もう『教室』ではないから。
その中で、少年は前に出る。
少女の背中を追ったその足で、今度は、仲間の盾となる。
「来いよ、先生。俺たち、もう『生徒』じゃないんだ」
その言葉に、教師の一人が足を止めた。
迷いが、戦場に生まれた。
そう。
戦場だ。
モンスター相手ではない。
人と人。
教える者と、教えられた者。
その関係が、血と怒りと誓いの中で、崩れ去っていく。
迷宮が、静かに息を潜める。
まるで、見守るように。
今、幕が上がるのは——人と人の、命を懸けた舞台。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




