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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第176話 狂騒曲 ~錯綜する反響~ 後編

3/3

 


「……」


 その時、空気がわずかに揺れた。

 誰も気づかない。

 いや、気づけない。

 教師陣の中でも小柄な男が、音もなく影の中を滑るように動いた。


 彼は『隠密』のスキルを持っていた。

 かつて探索者だった頃、数多の罠をすり抜け、獲物の背後を取ることに長けていた。


 今、その技術は——『証言者の口を封じる』ために使われようとしていた。


 標的は、生存者の一人。

 まだ若い、魔術師の少女。

 彼女は、記録を持っていた。

 そして、マリカの言葉に頷いた一人だった。


 刃が振るわれたのは、ほんの一瞬のことだった。

 だが、少女がわずかに身を引いたことで、刃は命の核を逸れ、肩口を裂いた。


「きゃっ……! せ、先生が……っ!」


 その声が、静まり返った空間に響いた。

 血が床に滴る。

 教師たちの顔が、凍りついた。


「な、何を……!」


 マリカが叫ぶより早く、少女は倒れながらも杖を掲げた。

 魔力が揺れる。

 警戒の光が走る。


「記録は……残ってる……! 私だけじゃない……!」


 その言葉に、教師たちの顔色が変わった。

 誰かが息を呑み、誰かが一歩後ずさる。


「……やったのか、先生」

 別の生徒が、震える声で言った。


「本当に……やったのか……!」


 小柄な男は、何も言わなかった。

 ただ、静かに刃を拭い、元いた場所に戻ろうとした。


 だが、もう『隠密』は通じなかった。

 全員の視線が、彼に向いていた。


「お、おい。さすがにそれは……」


 一人の教師が、震える声で言った。

 目の前で生徒が傷ついた。

 それを見て、ようやく『やりすぎ』だと口にした。


 だが、隠密スキルを持つ男は、振り返りもせずに答えた。


「九割まで損耗したんなら、『全滅』でも大して変わらん! 俺たちのクビの安全度以外はな!」


 その言葉が、空気を変えた。


 教師たちの目が、静かに、しかし確かに変わった。


「……確かに、全員いなくなっていれば、報告は書き換えられる」

「記録も、映像も、残っていなければ」

「生存者がいなければ、責任は問われない」


 誰かが呟き、誰かが頷いた。

 その目には、もはや教育者の光はなかった。


 生徒たちは、言葉を失った。

 だが、空気は確かに変わっていた。


 教師と生徒。

 その間に、見えない刃が生まれていた。


「……先生たち、何を言ってるの?」


 魔術師の少女——キョウコが、血を流しながらも声を絞り出す。


「私たち、帰ってきたんですよ。生きて……!」


 その声に、誰も答えなかった。

 ただ、教師たちの視線が、冷たく生徒たちを見下ろしていた。


 マリカは、前に出た。

 その瞳は、怒りでも悲しみでもなく、ただ静かだった。


「……なら、私たちも覚悟を決めるしかないわね」


 その言葉に、生徒たちが顔を上げる。

 誰かが杖を握り直し、誰かが剣の柄に手をかける。


 殺意は、教師だけのものではなかった。

 生き残った者たちの中にも、火が灯っていた。


「……みんな。生き延びて!」


 緊迫した空気の中、キョウコが叫んだ。


 その声は震えていた。

 けれど、確かに届いた。

 仲間たちの胸に、深く。


 彼女は走り出した。

 傷口から、黒い血が滴る。

 それは、ただの出血ではなかった。


 毒か、呪いか。

 体内で魔力が暴れ、皮膚の下で光が揺れていた。


「暗殺者か!?」


 誰かが叫ぶ。 ようやく、隠密スキルを持つ教師の正体に気づいた瞬間だった。


 だが、もう遅かった。


 キョウコの体から、魔力があふれ出す。

 それは、制御された魔法ではない。

 命の残り火を、力に変えた『最後の術』。


「ごめんね……でも、これで守れるなら……!」


 その言葉とともに、光が爆ぜた。

 魔力が空間を満たし、毒の波が教師陣を包み込む。


 悲鳴が上がる。

 誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。


 生徒たちは、目を見開いた。

 その光の中に、少女の姿はもうなかった。

 ただ、杖だけが、床に転がっていた。


「……彼女、最後を……」


 マリカが呟いた。

 その声は震えていた。

 怒りでも、悲しみでもない。

 ただ、誓いのような静けさ。


 教師たちは混乱していた。

 毒に侵され、動けない者もいた。


 その隙に、生徒たちは動き出す。


「逃げよう!」

「記録を持って、地上へ!」


 少女の犠牲が、道を開いた。

 その光は、絶望の中で確かに『希望』だった。


「——逃げろ」


 教師たちをにらみつけながら、一人の少年が仲間の背を押した。


 その声は、怒鳴りでも叫びでもなく、ただ、真っ直ぐだった。


「お前は⁉」


 振り返った仲間が、目を剝く。

 少年は、力なく首を振った。


「俺はいかない」


「なぜ⁉」


 問いは、混乱と怒りと悲しみが混ざった叫びだった。


 少年は、少しだけ笑った。

 その笑みは、どこか寂しくて、どこか誇らしげだった。


「男ってさ、惚れた女の背中を追うものだろ?」


 その言葉と同時に、少年は前へ出た。

 教師たちの前に立ち、逃げる仲間たちの背中を守るように。


 その姿が、さっき見たばかりの少女の背中と重なった。

 命をかけて仲間を守った、あの光景と。


「ばかやろう……!」


 誰かが、血を吐くように言った。

 その声には、怒りも、悔しさも、涙も混ざっていた。


 だが、誰も止められなかった。

 少年の背中は、すでに決意に満ちていた。


 仲間たちは、振り返らずに走った。

 その背中に、少年は何も言わなかった。

 ただ、静かに前を向いていた。


 迷宮の空気が、張り詰めた。


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