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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第180話 舞台演目② 『執着の檻』~見られたかった背中~ 後編

1/3

 


「……あなたは、誰?」


 女教師が、目を細める。

 話せば話すほど、『真梨華』とは違う。

 見た目は似ている。

 けれど——


 考え方が、価値観が、『本質』が、まるで違っている。


「私は『黒羽まゆり』。妖怪『女郎蜘蛛』にして、このダンジョンの『サブマスター』。カルマ様の手足となるもの」


 その声は、冷たく、甘く、毒を含んだ絹糸のようだった。


『真梨華』の目が、表情のない蜘蛛の目に変わる。


 手首から、銀の糸が垂れ、左右の肩には、子犬ほどの大きさのタランチュラが一匹ずつ、 静かに、しかし確かに、息づいていた。


 女教師は、言葉を失った。

 目の前にいるのは、『彼女』ではない。


 彼の記憶を喰らい、彼の孤独を愛し、彼の痛みを蜜のように味わい尽くした、執着の化身。


「あなた……まさか、彼の記憶を……」


「ええ。彼の夢も、涙も、あなたが見なかったもの、全部。私は、知っているわ」


 まゆりの声は、優しく、残酷だった。


「あなたが『導く』と言って、彼の手を引かなかったあの瞬間も。彼が一人で泣いていた夜も。全部、私の糸の中にあるの」


 迷宮の空気が、冷たくなる。

 木造校舎の廊下が、軋む。

 掲示板の紙が、破れ落ちる。


 この空間そのものが、彼の記憶。

 そして、まゆりの巣。


「あなたは、彼を見ていなかった。でも私は、見ていた。だから、私は『選ばれた』のよ」


 女教師の喉が、かすかに鳴る。

 それは、恐怖か、後悔か。

 あるいは、まだ認めたくないという抵抗か。


 まゆりは、一歩、前に出た。

 蜘蛛の足音が、床を這う。


「さあ、先生。あなたの『執着』を見せてちょうだい。それとも、もう終わりにする?」


 迷宮が、静かに息を潜める。

 次の糸が、張られようとしていた。


 ◇


 カルマは、画面の前で小さく笑った。


「さて、どちらの『執着』が相手を絡めとるか、見せてもらおうか」


 ◇


 まゆりの瞳は、感情のない蜘蛛の目。

 その奥に、記憶を喰らう静かな飢えが潜んでいた。


 糸が、空気を渡る。

 細く、見えないほどの糸が、女教師の足元に絡みつく。


 それは攻撃ではなかった。

『記憶の再生』だった。


 女教師の視界が揺れる。

 目の前に現れたのは、かつての教室。

 誰もいない放課後。

 窓際に座る、カルマの背中。


「……彼は、私を見ていた。そう思っていたのに」


 まゆりの声が、記憶の中に響く。


「彼は、誰も見ていなかった。見られることを、ただ待っていたの」


 女教師の足元に、掲示板の紙が舞い落ちる。

 それは、文化祭の企画書。

『誰にも見られなかった』彼の提案。


「あなたは、彼の『声』を聞いたことがある?」


 まゆりの糸が、教師の手に絡む。

 その手は、かつてカルマの提出物を『無視』した手だった。


「……やめて……」


 教師の声が震える。

 それは、怒りでも焦りでもない。

『見ていなかった』ことへの後悔。


「というか……貴女。『本当は誰を』欲しかったの?」


 女教師は、言葉を失った。

 まゆりの問いは、ただの挑発ではなかった。

 それは、彼女自身がずっと避けてきた『問い』だった。


「……私は……」


 声が震える。

 その震えは、迷宮の空気に溶けていく。


「彼が欲しかったのか、それとも……彼に見られている『自分』が欲しかったのか」


 まゆりは、静かに頷いた。

 その瞳は、まるで『答えを知っている者』のようだった。


「執着ってね、相手を縛るようでいて、本当は『自分の形』を守るためのものなの。」


 ◆


 女教師は、まゆりの糸に絡め取られながら、静かに目を閉じた。


 瞼の裏に浮かぶのは、かつての仲間たちの笑顔。

 そして、自分が『必要とされていた』頃の記憶。


「私は……誰かの『役に立つ』ことで、自分を保っていた。いつのまにか、そうなっていたの」


 まゆりは、黙って聞いていた。

 糸は、教師の胸元に絡み、鼓動のリズムを探っていた。


「でも、探索者を辞めた瞬間、誰も私を見なくなった。だから、誰かの目に映る『私』に、すがったの」


 その告白に、迷宮の空気が変わった。

 木造校舎の廊下に、風が吹き抜ける。


 まゆりは、糸を緩めた。

 それは、優しさではなく、『見せるため』の演出。


「じゃあ、見せてあげる。彼の目に映っていた『あなた』を」


 迷宮の壁が開き、教室の中に一枚の鏡が現れる。

 その鏡には、カルマの視点で記録された『女教師』の姿が映っていた。


 無表情で、冷静で、ただ『必要なこと』だけを言う存在。

 でも、その背中には、誰にも見られない寂しさが滲んでいた。


 女教師は、鏡に手を伸ばす。

 その指先が、震えていた。


「……私、こんな顔してたんだ」


 まゆりは、静かに言った。


「それでも、彼はあなたを『見ていた』わ。ただ、『名前』を呼ぶほどには、近づけなかっただけ」


 女教師は、鏡に映る『自分』を見つめていた。

 その瞳に、初めて『色』が戻っていた。


「……私、いたのね。ちゃんと、ここに」


 まゆりは、糸を静かにほどいた。

 それは、もう『絡める』ためのものではなかった。

『繋ぐ』ための糸だった。


 迷宮の空気が変わる。

 木造校舎の廊下に、柔らかな光が差し込む。


 黒板に、最後の文字が浮かび上がる。


『演目:執着の檻——終幕:雲外鏡』


 過去と未来、そして現在。

 物事の『本質』を映し出す鏡の妖怪。

 それが——『雲外鏡』。


 迷宮の一角に、古びた占いブースが現れる。

 そこには、制服姿の『雲外鏡』が静かに座っていた。


 迷宮の壁が、静かに光を灯す。

 まるで、舞台の幕が下りる瞬間を見届ける観客のように。


 彼女の前には、鏡とカード。

 そして、誰かの——あるいは、自分自身の——『名前』と『記憶』を探す者たちが、そっと扉を開ける。



 退避と追跡行の脱落=生徒2 教師4


 ◇


 カルマは、画面の前で頷いた。


「過去を映し、未来を示す。学園祭には『占いの館』が必要だしね」


 新しくできたブースに、満足げな表情を浮かべる。

 それは、演出家としての手応え。


「はじめてになるのかな? 生きたままの妖怪化って?」


 ふと、カルマは『システム』に問いかけた。

 そもそも、人間のまま妖怪化するとは思っていなかった。


『ある意味では「河童:沢辺みどり」も生きたままですよ。ちゃんと蘇生していたものを変えたのですから』


「ああ。そういえば、そうか」


『妖怪化に「死」は必須ではありません。無理矢理に変えるには意識がないほうが楽だというだけのこと。本人が望むのなら……むしろ簡単ですね。自分の「魂」で勝手に変わってくれます』


 ネームドを作るときに消費する『ソウルポイント』も、本人の意志があれば、安くて済む。


「そうなんだ……」


 小さく頷いたカルマの目が、ウィンドウを見つめる。

 そこには、まゆりの名と、新たに『雲外鏡』として登録された存在のログが並んでいた。


 妖怪が、加速的に増える予感がした。


 それは、恐怖ではなかった。

 むしろ、自然な流れのように思えた。


 人が、自分の『形』を見失ったとき。

 妖怪という『物語』に、魂が逃げ込むのは当然のこと。


 カルマは、静かに呟いた。


「……次は、誰が『変わる』のかな」


 その声に、迷宮がかすかに応えた。

 まるで、次の演目の準備が整ったと告げるように。



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